blogはガラス張りの我が家か
前々回の記事で、作り手、書き手と読み手としての心理の違いについて触れた。私自身がWeb制作において課した、テーマ性と網羅性というのは、
個人ページが読者を集める手法として私が前々から気づいていたのは、サイトのテーマを一つに絞ってひたすら更新を続けるという方法だ。特定の話題にサイトを特化する事になるので、執筆に集中できるし固定読者層を獲得する事が期待できる【ブログのカテゴリーと素材」 from Ocolog】
というのと通じるところもあると思う。
対して、blogは、まさしく雑記に近い。その時々で思うことを書き連ねている。そう遠くない将来、矛盾も生じるだろう(いや、「私がトラックバックしない理由」などと記事を書いていながら、その後、結構、あちこちにトラックバックを送っているのも、すでに矛盾といえるかも)。 それが良い悪いではなく、所詮、日記なんてそういう物だと半ば開き直っているところもある。
思えば、この所謂Webに対するときと、所謂blogに対するときの感覚の違いは、公共性に対する感じ方の違いのような気がする。Webは、その登場時点で「世界に向けての情報発信」といった大上段に構えたところがあった(と、私は思う)。ISPから与えられたン十MBという容量は私的なものながら、なんだか、つまらないもの(役立たないもの、面白くないもの、切り口が凡庸なもの)は乗せてはいけないんじゃないか?という脅迫観念があった。
これが、そもそもが共有の場である@niftyのフォーラムなら尚更のことであっただろう。
たいして、blogは、すくなくとも私にとっては、「log=日誌のことであり、日記サイトの延長」といった一面の理解を出発点としているから、ココログで@niftyからもらった30MBは、まるでプライベート空間のように感じる。私もその一人だが、自分のblogを「ひとりごと」とか「つぶやき」だと形容するひとがおおいのが、その表れではないだろうか。
プライベート空間だから、少々、脱線気味のことを書いても許される。テーマがぼけても許される。どこかでそういうエクスキューズを感じている。
ただ、本当に意味でのプライベート空間との違いは、プライベートといいつつ、どこかで他人(読み手)を意識している点。そういう意味で、blogはガラス張りの我が家みたいなものかもしれない。
TrackBack
TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/2705/56648
Listed below are links to weblogs that reference blogはガラス張りの我が家か:
» ブログのカテゴリーと素材 [Ocolog - オコログ -]
ブログのカテゴリーの振り分けについて考えてみよう 個人ページが読者を集める手法として私が前々から気づいていたのは、サイトのテーマを一つに絞ってひたすら更新を続け... [Read More]
Tracked on 2003.12.28 at 09:06 PM

Comments