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2003.12.29

私がこのblogをはじめた理由-2004年に向けて

blogを書き始めておよそ1ヶ月。年末年始は完全にデジタル世界から離れて過ごそうと思うので、これが今年最後の記事となる。

1ヶ月前、blogをはじめてみようと思った理由は、最近、なにかと話題となるblogを、みずから体験することで理解してみようということだった。別に理解したから自分の仕事に役立つわけでもないし、どうなるわけでもないが、あえていえば知的興味からだった(その裏には、本業の方では、知的興味を満たしてくれる仕事に接する機会を失っている、というコトもなくはない)。

だからテーマは何でもよかった。はじめるにあたって、漠然と構想していたのは、サラリーマン生活に纏わるよしなしごとを書き連ねようというものだった。このblogには、「サラリーマン」というカテゴリが用意されているが、これはその名残。記事を書く前に、わけもわからずカテゴリだけ新設しておいたものだ。

ところが、いざ記事を書く段になって、最初の記事から、やれ通勤電車がどうしたこうした、上司がどうのこうのというのも如何なものかと思い、少しは気取った記事をと思い用意したのが、「人は何故に、Blogを書きたがるのか・・・」というものだった。

この時点では、blog論もどきを続けようなんて思ってもいなかったから、つづく2番目の記事はblogとは何の関係もない記事となった。

しかし、もともとblogとはどういうものだろう?という興味ではじめただけに、その後、自分の関心の焦点も「blogとは何だろう?」という方へと向かっていった。これは本当に自分でも想像してなかったことだった。

そして1ヶ月、写真を掲載してみたり、あちこちにトラックバックしてみたり、様々なことを試してみた(そういや、いまだに何故か携帯からの記事投稿が出来てないが)。ふーん、blogってこういうものか、という程度の感覚は出来つつある。

そして来年、この1ヶ月はかなり入れ込んで記事を書いていた面もなきにしもあらず、もう少しゆったりとした気分で続けていけたらと思う。ひょっとすると、連休が明けても再開してないかもしれない。

ただ、いまは、あと1ヶ月くらいはなんとか続けたいものだと思っている。その先はいまのところ判らない。このblogの更新がとまったら、本業の方でより知的興味を引かれるものに出会えたか、知的興味はまったくわかないが物理的に忙しくなったか、もうblog自体に興味を失ったかのどれかだ。

といいつつ、また、書いている当人も予想しない展開になるのだろう。自分で自分が何を書くのか楽しみにするとしよう。

(最後ぐらいは、何か小粋なまとめ方をしたかったが、考えつかない。もう時間切れだな)

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過剰反応かもしれないが・・・

米、日本に輸入停止解除要請へ(共同通信)

農務省当局者は日本の措置について「過剰反応だ」と指摘し、米国産牛肉の安全性に問題はないと強調した。

たしかに過剰反応かもしれない。しかし、日本国内では同じ問題で、食肉牛の全頭検査を実施し安全性を保証している。なのに、同じ問題が発生した米国の牛は検査しないというのは、筋が通らない。

イラク問題など国際問題は、さまざまな要素が絡まりあって、政治的な判断というのもあるだろう。

しかし今度はことは単純だ。米国が全頭検査(少なくとも日本向け輸出について)を実施しないかぎり、輸入禁止措置を解除すべきではない。でなければ、なぜ、日本の牛は検査して、米国の牛は検査しなくていいのか、日本の食肉関係者も黙ってはいないだろう。

米国の牛が食べられなくなったところで、即刻、困ることはないではないか。今度こそ、筋を通してもらいたい。

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もうスグ今年最後の更新

年内、このblogを更新するのもの、あと少し。
こんなこと書こうかなと書いたメモも残り少なくなって、年内一掃できるかと思ったけど、少し残りそう。やはり年末はドタバタとしていて、ネタをうまくまとめきれない。心理的に余裕があるというか、ノッるときは、自然と話が進んで書き始める前に構想していた展開と違ってしまうこともしばしば。まさに、言葉のひとり連想ゲーム。それはそれで、楽しいけれど、本当にひとに受け入れてもらえる文章になっていたかどうか・・・。

これも掃除の合間をぬってPCに向かったものの、まとまりもなく書き始めている。まとまりもなく、はじめたものは、やはりまとまりもなく、終わる。

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昨日のアクセス

カウンターのアクセス解析によると、昨日のアクセス数が開設以来、最高を記録したらしい。それも詳しくみると、Yahoo!やGoogleで、「鳴かぬなら」や「鳴かせてみようホトトギス」といった言葉で検索した結果から来た方が多い。

以前から、こういうルートでここにたどり着いている方がいることは判っていたが、昨日はその数が異常だった。
「はて? 学校の冬休みの宿題にでもなっているのか?」と一瞬思ったが、テレビ番組表をみて気づいた。

一昨日(12/27)、フジテレビ系で「太閤記~サルと呼ばれた男~」というドラマを放送していた。これの影響ではないだろうか? テレビ番組の影響でアクセス数が変動する現象は、個人ホームページの方でも経験している。ただ、今回は、その影響が一日おいて現れているのが妙だ。 真相は不明だ。

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ガラス張りの我が家なら

blogはガラス張りの我が家という良く判らない喩えをした。

別稿では、ココログ=オナクラなんて喩えをしているので、この両者を結びつけると、ガラス張りのオナクラ・・・いかん、話が変な方に脱線しそうなので、軌道修正をはかろう。

もし、ガラス張りの家に住むとなれば、やはり人の目は気になるだろう。女性では、スッピンでは居られないといったところか。

では、その化粧の程度は? これはひとによって違うのではないだろうか? バッチリメイクでないと居られないひと、薄化粧で済ますひと様々ではないだろうか?

私の場合、“化粧”は、多少なりとも第三者が読んで理解できるような文章にするよう心がけるところか。意見自体が独りよがりだとしても、文章自体までもが独りよがりだと何を書いているのか判らなくなる。いくら独り言だと言い張っていても、それは避けたいと思っている。

その通りになっているかどうかは、自分では判らない。

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2003.12.28

コメントの切れ味、トラックバックの広がり

blog(すくなくともココログ)には、他人の記事への反応方法として「トラックバック」と「コメント」が用意されている。
トラックバックについては、過去にも「私がトラックバックしない理由」という記事において、“トラックバックという概念が、blogを特徴づける最大の機能になるのではないかと思う”としつつも、その手段が“実に億劫なのだ”ということを書いた。

では、コメントではどうだろうか? 読んだその場で書くコメントなら、すくなくとも、億劫さは少しは回避できるだろう。しかし、それだけだろうか?

いろんなblogのいろんな記事、そしてコメントをみていて思うのは、コメントで大事なことは「切れ味」だということだ。当意即妙で、キレ味鋭くスパッと決まったコメントは、読んでいても心地よく、思わず「一本!決まった!」と叫びたくもなる。

コメントの機能はそれだけではないだろうが、ともかく、書き手が記事の主題としていなかっただろう的外れなところに焦点を当てて書かれたコメントは、あまり面白くない。

たいして、トラックバックは、リンクを張るものの、記事本文が書かれる場所が「我が家」たる自分のblogということもあって、連想ゲーム的に話題が広がるのが面白いように思う。あまり引用元との話題の関連性を気にせず、トラックバックを使いたいものだと思う。

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blogはガラス張りの我が家か

前々回の記事で、作り手、書き手と読み手としての心理の違いについて触れた。私自身がWeb制作において課した、テーマ性網羅性というのは、

個人ページが読者を集める手法として私が前々から気づいていたのは、サイトのテーマを一つに絞ってひたすら更新を続けるという方法だ。特定の話題にサイトを特化する事になるので、執筆に集中できるし固定読者層を獲得する事が期待できる

ブログのカテゴリーと素材」 from Ocolog


というのと通じるところもあると思う。

対して、blogは、まさしく雑記に近い。その時々で思うことを書き連ねている。そう遠くない将来、矛盾も生じるだろう(いや、「私がトラックバックしない理由」などと記事を書いていながら、その後、結構、あちこちにトラックバックを送っているのも、すでに矛盾といえるかも)。 それが良い悪いではなく、所詮、日記なんてそういう物だと半ば開き直っているところもある。

思えば、この所謂Webに対するときと、所謂blogに対するときの感覚の違いは、公共性に対する感じ方の違いのような気がする。Webは、その登場時点で「世界に向けての情報発信」といった大上段に構えたところがあった(と、私は思う)。ISPから与えられたン十MBという容量は私的なものながら、なんだか、つまらないもの(役立たないもの、面白くないもの、切り口が凡庸なもの)は乗せてはいけないんじゃないか?という脅迫観念があった。

これが、そもそもが共有の場である@niftyのフォーラムなら尚更のことであっただろう。

たいして、blogは、すくなくとも私にとっては、「log=日誌のことであり、日記サイトの延長」といった一面の理解を出発点としているから、ココログで@niftyからもらった30MBは、まるでプライベート空間のように感じる。私もその一人だが、自分のblogを「ひとりごと」とか「つぶやき」だと形容するひとがおおいのが、その表れではないだろうか。

プライベート空間だから、少々、脱線気味のことを書いても許される。テーマがぼけても許される。どこかでそういうエクスキューズを感じている。

ただ、本当に意味でのプライベート空間との違いは、プライベートといいつつ、どこかで他人(読み手)を意識している点。そういう意味で、blogはガラス張りの我が家みたいなものかもしれない。

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キップ予約バトル

年末年始休暇には、現実逃避をはかるべく家を離れるのだが(小難しく書いているが、世間一般では「帰省」と呼ぶ)、いまごろになってそのキップの手配をしている。

こういうとき、便利なのがJR鉄道情報システム株式会社が提供しているCYBER STATION。私は、この前身のパソコン通信サービスだったPC-Stationの頃からユーザで、新幹線など長距離列車の指定券予約に重宝していた。ただ、最近は年に1,2度しか利用せず、空席確認だけなら、前記のCYBER STATIONで無料で見られるようになったので、数年前に解約してしまった。

で、今日は、CYBER STATIONで空席状況を確認しつつ、プッシュホン予約を試みた。
ほとんど、絶望的に×(満席)のマークが並ぶなか、時折、△(残席僅か)がある。それをみつけると、即、電話。ガイダンスの声もそこそこに、キーを操作する。

必要事項をすべて入力して、最後に“0#”を押すと・・・・、無常にも「ご指定の列車はあいにく満席です」のアナウンスが・・・。全国のみどりの窓口、インターネットやプッシュホン予約との競争に敗れたのだ。

それでもしつこく、空席状況画面の更新を続けていると、また、△マークが! それ電話だ! クソッまた負けたか・・・。数え切れないほど(ちょいとオーバー)のバトルの末、なんとかキップを確保できました。めでたし、めでたし。

この年末、なんどかCYBER STATIONの空席案内にアクセスしたが、結構、「ただいま回線が混みあっております」が頻発した。以前は、知る人ぞ知るという存在だったのが、インターネットの普及で皆に知れ渡ってしまったんだろうなぁ。 何か、次の奥の手を考えねば。

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テーマblog vs. 無テーマblog

すでに何度かこのblogでも触れたように、私はこのblogとは別に個人ホームページを何年も前から開いている。ここで、“個人”ホームページと書いたのは、開設者たる私が(法人やグループではなく)個人として開設・運用しているという意味で、その内容は私個人に関するものではない。

ホームページを開設する際に、私自身が考えたことは、明確なテーマの設定とそのテーマに関する出来る限りの網羅性ということだった。

私がホームページを開設した頃には、すでに多くの個人ページが開設されていたが、その多くは、自己紹介的なもので、「私の好きな映画」とか「私の好きな音楽」といったコーナーに2,3の映画や音楽の紹介が乗っているという程度のものだった。

見る立場で考えれば、そうした自己紹介サイトはつまらない。やはり、ある程度使えるページでなければと思い、自分がもっとも多く情報を提供できそうなテーマを選んだ。なにせ、ある意味、ニッチなテーマだし、一種のデータベースみたいなものなので、訪れてくれる方はそれほど多くないが、お蔭様で(?)Googleで検索するとかなり上位(検索キーワードによっては1位)にランクされている。 すくなくとも所期の目的は達せられた。

ところが、自らテーマ性を強く打ち出しているが故に、このホームページには、あまり自我を表現できない。テーマに関係ないことは、開設者自身も掲載できなくなってしまったのだ。

そんな窮屈さを感じていた身にとっては、blogというのは、とても自由に感じる。すくなくとも私は、自身が開設したWebへのアンチテーゼもあって、このblogに、最初からテーマを規定しようとは思っていない。

ただ、何せひとりの人間のやっていることだから、そのうち自然と何かに収斂してくることだろう。それは、blog論横浜の写真という互いに何の関連もない複数のテーマかもしれない。唯一、この両者に関連があるとすれば、それは、“私が関心を寄せている”という一点だけだ。

---
という記事を書いてみたものの、読む立場に立ち戻れば、やはり何かテーマがあるblogの方が面白い。12月26日からはじまった、日刊ココログ・ガイドでも紹介されているのは、テーマがハッキリとしているものばかり。

来年は「一サイト一テーマ主義」の個人ブログサイトが他のブログサイトとの差異を強調して読者を獲得しそうな予感。

【「一点豪華主義」from Ocolog


という意見も理解できる。
来年はテーマblogと無テーマblogの争いの年になるのかもしれない(何を、どう、争うのかは判らないが)。

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横浜ふぉと散歩(11)

散歩大好き!の「今度はこれ。どう?山下公園」に触発されて、私も山下公園の写真を1枚掲載してみます。

images/ykhm031228-1
タイトル:「秋の日」
おそらく、散歩大好き!さんの写真と、そう離れてない場所を撮っていると思います。ただ、私の写真が下から見上げる位置で、単なる立ち木の写真なのに対して、散歩大好き!さんのは、上から見た位置で、道がわずかに曲がっている様子や交通標識の青がイチョウの黄色の中に映えて、いかにも公園の側という感じですね。私の写真だと、公園なんだか何処なんだかわかりません(泣)。

◆バックナンバー◆
 横浜ふぉと散歩(10) 「Welcome to YOKOHAMA
 横浜ふぉと散歩(9)  「ランドマーク三十六景・冬晴れの日

 シリーズ全体をご覧になりたい方は、下の「◆横浜ふぉと散歩」をクリックしてください。

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2003.12.27

SPAMはISP乗換えの引き金にも。

SPAM(もちろん、缶詰ではなく、迷惑メールの方)には、私もほとほと困っている。

あまり変なところにメールアドレスを書いたりしないよう、どうしても公開の場所にメールアドレスを書く場合は、フリーメールのアドレスを使うよう、細心の注意をしていたつもりなのだが、どういうわけか、英語の迷惑メールが山のように届くようになった。おそらくは、その全てがアメリカからのものであろう。

アダルトサイトの紹介、性的不能治療薬の広告、Enlargement Pillの広告(何をどうenlargeするかは、ご想像に任せるが、一昔前は、天狗が「増大」と書かれた秘伝書(?)をもったイラストつきの広告を週刊誌等でよく見かけたものだ、といえば男性諸氏は判るであろう)などなど、どれもこれも、いかがわしいものばかり。

しかもHTMLメールで写真付なので、英語の苦手な私にでも、すぐにどういう趣旨のメールかが判る(苦笑)。
おまけに、私が普段使っているマイナーなメールソフトは、HTMLメールを何の疑いもせず、勝手に開くし・・・(やはり、メールソフトを変えるべきか)。

利用者がスパムメールを拒否できるようにするサービスはニフティでもすでにはじめている。
【「サルディニィア島(その2) 」 from 古河建純インターネットBlog

私ももちろん「スパムメールブロック」機能は活用させてもらっているが、それでも、私のメールボックスに届くメールの3/4は迷惑メールという有様だ。その割合は、
EarthLinkから非公式に聞いたところ、スパムメール対策で45%のメールを廃棄しているとのことである。
米国でのスパムメールのすごさを表している。
南米のUOLも半分近くを廃棄しているとのことであった。
【「サルディニィア島(その2) 」 from 古河建純インターネットBlog

で示されている割合より高率だ(迷惑メールが多いというより、普通のメールが少ないからだが)。

こうも多いと、いま使っているアドレスを捨てて、他のアドレスに乗り換えようかとも思う。
インターネットユーザが利用するISPを変えるのを躊躇う理由の一つが、メールアドレスが変わってしまうことだが、そうも言ってられない場合がくるかもしれない。ISPにとっては、せっかくの会員囲い込み策が無になってしまう。この意味でも、ISPにとって重大な課題だと思う。

ところで、冒頭に書いたとおり、私としては、あまりメールアドレスを公開の場所に書きたくないのだが、@homepageの利用規約第6条3項では、

ユーザーは、自己のホームページのトップページ上に自己のメールアドレス(ニフティに登録し、着信拒否設定をしていないものに限り、以下同様とします。)を明示するものとします。

と規定されており、この規定に従うならば、書かざるを得ない(上記引用につづく文面では、メールアドレスが書かれていない場合に、ニフティがとる処置が定義されているので、書かなければ閉鎖というわけではなさそうだが)。
この条文、ニフティの立場も判らないではないが、なんとかならないものだろうか。

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喪中につき・・・

ただいま年賀状の表書きの印刷中。今年は、例年以上に喪中欠礼のハガキが届いている。そういう年回りなのかなぁ。中には年賀状でしかやり取りのない方もいて、そういう方に年賀状が出せないのは、少し寂しい。最近は喪中ハガキにもちゃんと返事を書く、あるいは、年賀状の代わりに寒中見舞いを出すという話を聞く。今年(来年)はそういうことも考えてみるかな。

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検索エンジンからのアクセス

以前、リファラーの記録から、Googleで「豊臣秀吉の性格」というキーワードで検索した結果、このblogにたどり着いた方がいることを書いた。 その後もアクセス解析を見ていると、「鳴かぬなら」という言葉で、ここにたどり着いている方が結構いらっしゃることが判った。

そして、今日(日付的には昨日)、msnサーチから来た方が検索したキーワードは・・・、

オナクラ

このページがヒットしたようです。
「豊臣秀吉の性格」のときも、検索された方には、期待はずれなページがヒットして申し訳ないと思ったが、そのとき以上に今回は申し訳なく思う。きっと、どこかいいお店はないか?と探していたんだろうなぁ、きっと。

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2003.12.26

座ったら乗せるな!

しがないサラリーマンの私は、当然のように毎日通勤電車に揺られて仕事場へと向かう。通勤電車では運良く座れるときもあれば、立ったままのときある。

運良く座れたときには、私は、かならず書類カバンを膝の上に置くようにしている。あるいは、最近の列車なら座席の下が空間になっているので、足元に邪魔にならない様に置いたりもする。けして網棚の上に乗せたままにはしない。

ときどき座っていながら、荷物を網棚の乗せている人を見かけるが、あれは邪道だ! 混みあった車内、座席という貴重な資源を確保しながら、網棚まで占拠するとはなんとずうずうしいことか。網棚はつり革に捕まって立っているひとに譲るべきだ。

それに、人間の注意は自分の頭の真上には向かわないもの。網棚に乗せた荷物が置き引きされないとも限らない。置き引き被害に遭わないようにするためにも、荷物は膝に置くのが良い。

以上、しがないサラリーマンの主張でした。

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2003.12.25

ネットサーフィンの復権

このblogを書き始めて約3週間、耳学問として名前だけは聞いていたblogというものを実際に体験してみて、徐々にではあるが自分なりの理解ができつつある。

いまのところ、書く方に多くの時間を割いて、他所はココログの中だけを中心にチョコチョコと目にしているだけだが、それでも一時に比べて、またインターネットに接する時間が増えてきた(年末特番ばかりでテレビが面白くない、ということも背景にあるかもしれないが)。

自分の考えを日々書き続けていくうちに、さまざまなことに興味をもって、他の blog やニュースサイトなどにも目を向けるようになるのではないのでしょうか。情報を発信することで、情報を収集することにも関心が生まれる。つまり、blog によって情報リテラシーが高まるのではないのか

@nifty:ウェブログ虎の穴 其の一


まだ、そのレベルにまでは行かないが、物置の奥に仕舞いこんでいた「ネットサーフィン」という言葉を、引っ張り出してきて、埃を払っているところだ。

もっともっとblogに嵌まれば、波間を漂う(実際のサーフィンは漂っているわけではないが)からネットの海深くお宝を探しに「ネットダイブ」へと進んでいくかもしれない。

話は変わって、上記に引用した「ウェブログ虎の穴」は、インタビューにしては、先の引用や“お裾分け”との比較など、やたらと“語って”いて、インタビューというより、丸で対談だなぁと思っていたら、構成されているのが、METAMiX!を書いている方なんですね。なんとなく納得。本来なら、トロットご夫妻の発言からどこかを引用すべきなんでしょうが、おもわず、聞き手の言葉を引用してしまいました。

PS.ところで、折角、記事を書いたのにトラックバックを送れないなんて・・・ つまんないなぁ(笑)

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聖夜に思う

クリスマスは本来キリストの降誕を祝う日の筈だ。
なのに日本では、いつの間にか、恋人たちがデートを楽しむ日となっている。

夏の京都を彩る五山の送り火は、お盆に迎えた先祖の霊を送るためのものだ。
なのに伊豆熱川では、花火大会に合わせて、海上で大の字の炎をともす。しかも「大文字焼き」などという今川焼きかどら焼きの親戚みたいな名前で。

神戸のルミナリエは、阪神・淡路大震災の犠牲者の鎮魂のため1995年からはじまった。
4年遅れではじまった、東京丸の内のミレナリオではただイベントとしてイルミネーションがともされる。

よく言えば「一般化」、悪くいえば「俗化」。

そして、blogも、俗化の道を辿りつつあるのか? それとも、もともと俗なものだったのか?

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これで誰でも皆勤賞?

あ、未来の日付で公開されてしまった。設定した日付&時刻になったら公開されるようになったらいいのになぁ

「投稿テスト」 from TD Park


というわけで、とある方法で、未来の日付での記事投稿ができるとのことです(その方法は、引用元を参照してください)。

試してませんが同じ方法で過去への投稿もできるかも。そうなると、“皆勤賞”にこだわるのって、あまり意味がないかも。

実は、年末年始くらいはデジタル世界から遠ざかって、このblogの更新も休止しようと思っていたんだけど、いまから、予定稿をそろえてすべて書いておこうかなぁ、なんて思っている。
(でも、予定稿をそろえるのが大変なので、多分、やらない)

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外国人との会議

「日本人は勤勉だ」そしてその裏返しで「西洋人はあまり勤勉ではない」というのは、悪い意味でのステレオタイプでしかないと判りつつも、なかなか意識から抜けきらない。ましてや、イタリア人ときけば、

イタリア人の私のイメージは底抜けに明るく、人をもてなすことが上手で、遊びが大好きで、少々時間にルーズで余り仕事には熱心でないというものであった。
【「サルディニィア島(その1)」from古河社長Blog

というイメージをもってしまう。海外経験豊かな古河社長でさえ、こう思っていたのだから、我々が思っても仕方がない(笑)

さて、こんな私でも、過去に何度か外国の方々と会議のテーブルを囲んだことがある。
しかし、英語が大の苦手(もう少し英語ができたなら、私の人生は変わっていたかもしれない)の私にとっては、これは大変な苦痛であった。しかも、国内委員会に会社の代表として出席するだけでも重荷なのに、そうした会議では、一応、立場上は日本代表、ときにはアジア大洋州代表ということになる(もっとも、私はもっとも下っ端だったので、代表団のオマケみたいなものだったが)。これはプレッシャーを通り越して逃げ出したい気分だった。

会議の進め方は、午前中に全体会合、それからワーキンググループ(WG:作業部会)に分かれての個別討議、途中ショートブレークを挟むも、その間は仲間内のとの作戦会議あるいは他グループとの下交渉で休む間もない。WGの議論は夕方の全体会合までに結論を出さねばならず、合意事項はすぐに資料としてまとめていかねばならない。その結論をもって夕方からの全体会合での協議を経て一日目が終了。一日目の結論を夜の間に議事録にまとめて、二日目の討議(やり方は1日目と同じ)・・・。 まさに、


丸二日間の会議は、朝9時から19時までびっちり行われ、それから歓迎の夕食である。
ホテルに戻るのは、真夜中はもちろん過ぎている。
翌日は、また朝9時から、実際は少し遅れて、9時15分ごろから、19時過ぎまでと、すごいスタミナである。
【「サルディニィア島(その1)」from古河社長Blog

という形になる。ガイジンさんはガタイもでかいだけに、パワーも凄いなぁ、と妙な感心をしたものだった。

結局、2日間参加していても、ほとんど発言らしい発言のできない私の記憶に残っているのは、ドイツ人の話す英語は幾分聞き取り易いということだけだった(苦笑)。

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2003.12.24

カレンダー雑感

年の瀬ともなると、営業マンたちは取引先への年末挨拶に奔走することになる。そのとき、必ずといっていいほど持参するのが自社の社名入りカレンダーだ。場合によっては、訪問した先でも、お返しにカレンダーをくれたりして、互いにカレンダーを交換しあうことにもなる。

そうして集まったカレンダーは、社内で希望者に配られることとなる。

しかし、私は、そうしたカレンダーを持ち帰ったことがない。なぜなら私は、家にカレンダーを掛けることがないからだ(卓上カレンダーはある)。

自分の部屋にカレンダーを掛けなくなったのは、高校生くらいの頃からだ。どうもカレンダーの所帯じみた安っぽさが気に入らない。かと言って、高級な絵を飾ってあるわけでもない。白い壁は壁としておいておきたい。

曜日が知りたければ、卓上カレンダーを見ればいいし、いまどきパソコンのサブディスプレイに日付と曜日が表示されている。それにカレンダーを見る機会は、多くの場合スケジュールに絡んだ場合で、スケジュールを確認したければ手帳を見る。それで十分だ。

壁に掛けるカレンダーなど不要だ。

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2003.12.23

横浜ふぉと散歩(10)

images/ykhm031223-2
タイトル:「Welcome to YOKOHAMA」
写真の投稿は、1日1枚にしようと思っていたんですけど、とみぞーさんのDialyこの記事をみて、思わず反応してしまいました。 写真に写っているのが「JACK CAFE」、横浜港大桟橋で客船を降りた人たちが、はじめて触れるヨコハマの風景です(おそらく)。日本人にとって、どこかエキゾッチクな感じのするこの風景は、北米からの観光客には懐かしく写るのかもしれません。はたまた、東洋に来たのにナゼ?と思うのか? (もっとも、こういう風景は、ほんのこの一角だけなんですけどね)

◆バックナンバー◆
 横浜ふぉと散歩(9)  「ランドマーク三十六景・冬晴れの日
 横浜ふぉと散歩(8)  「ランドマーク三十六景・すべての道はLMTに通ず

 シリーズ全体をご覧になりたい方は、下の「◆横浜ふぉと散歩」をクリックしてください。

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画像が消せないのは、ひょっとして・・・

このところ、面白がって毎日、写真を掲載していて、しかも、VGAサイズ(640×480)の写真をイメージのサイズ指定で小さく表示させるという、ちょっと前なら大馬鹿野郎モノなことしていると、すでに結構な容量をくっている。ふと、この画像はどうやって消すんだろう?と疑問をいただいた矢先に、こんな記事を見つけた。

さらに、そこからトラックバックを辿り、(おお!なんたる正しいblogの使い方よ!)、さらにその先のリンク先にまでいくつくと・・・

「ココログ」の画像アップロード機能、とっても便利です・・が、ヒロもさっき知ったのですが、一度アップした画像をサーバから削除することは現時点では出来ないのだそうです><

【「画像のアップロードに気をつけようっ(^^;」from 文字書きわーるど♪


あらら、やっぱりそうだったのね。

削除機能を設けてないのは、容量拡張オプションを月額XXX円で販売するためのニフティの策略だったりして・・・(90%ジョーク、10%本気)

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横浜ふぉと散歩(9)

images/ykhm031223-1
タイトル:「ランドマーク三十六景・冬晴れの日」
良く晴れた冬の昼下がりの一枚。 少し違った角度からとった一枚では、陽の光がランドマークタワーの角に反射して輝いていて、その写真とこの写真のどちらを掲載するか、少し迷ったものの立ち木の冬枯れの姿がきれいなこちらを採用しました(もうちょっと樹の先端まで写っていたほうが良かったかなぁ)。季節と時間があえば、この位置でも光の反射が見られるかもしれないです。

◆バックナンバー◆
 横浜ふぉと散歩(8)  「ランドマーク三十六景・すべての道はLMTに通ず
 横浜ふぉと散歩(7)  「海の女たち

 シリーズ全体をご覧になりたい方は、下の「◆横浜ふぉと散歩」をクリックしてください。

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ココログ=オナ●ラ

過去の記事で、blogはマスター●ーションではないか?と書いた。

しかし、本来のマスターベーションが個人的に密やか行われるのに対して、blogは誰かに見てもらうことを、心のどこかで想定しなが書いている。

ところで、比較的新しい風俗店の一種として「オナ●ラ(オナ●ークラブ)」というものがあるらしい。この店では、客である男性は店にいる着衣の女の子に自らのオナニー姿を見てもらうことで、快感を得るという。

さすれば、ココログはオ●クラなのかもしれない。

・・・どうやら、忘年会の酒がまだ残っているようだ。暴言ご容赦。

◆◆◆
依然として、「おなくら(実際はカタカナ)」という検索ワードでこの記事がgoogleの第1位にヒットしてしまい、図らずも迷い込んできてしまう方がいます。 そのため、タイトルの一部を伏字に変更しました。 [2004.01.21]

問題となるキーワードをすべて、伏字にしました。[2004.05.07]

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予言者の理論

いまここに自称・予言者がいたとする。その予言者は、来る3月に東京に大地震が起きると予言したとしよう。

そして、実際のところ2月に北海道でマグニチュード7クラスの地震が発生し、4月2日に茨城沖を震源とするマグニチュード5クラスの地震が発生したとする。

この場合でも、こう言うに違いない。私の予言は当ったと。

予言者は、なぜか、より大規模なマグニチュード7の地震を予言しなかったことには言及せず、かつ、4月と月、東京と茨城はちょっとの誤差だと主張する。

予言者とはそういうものだ。

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2003.12.22

blogとニフティ

マリリン・マンソーさんのOcologに興味深い記事を見つけた。マリリン・マンソーさんご自身の思考・思索は、もはや更にすすんでいて、この記事はすでに「最近の記事」からも落ちているが、あらためて引用し、“億劫さ”の壁を乗り越えてトラックバックも送ることとしよう。

「ココログの持つパワー」が、長いパソコン通信文化を持つニフティならではのものであり、かつてのフォーラムというブログコミュニティに似た文化との親和性やニフティユーザの持つ本来的なライター気質といった「ステレオタイプ」が一部で述べられているが、果たして本当なのだろうか?
---(中略)---
TypePad系としてはいちはやくそれを利用する場(無料)を提供しかつ公開にあわせてブログに関する妥当な知識を提供したことや、プロバイダとしてあらかじめ多くの顧客を獲得していた企業側の広報の勝利だと考えたほうが適切なのではないだろうか。
【「ココログに付きまとうステレオタイプを疑う」from Ocolog-オコログ-

引用のルールに則り、必要最低限をここに転記しているので、本来の文脈は是非ともオリジナルを参照していただきたい。
私も、おおむね上記の意見に同意する。

あそびをせんとやうまれけむ」の「チクリ野郎はこちらへ(また、刺してみる(笑)」という記事に付けられたコメントによると、

この人オープン当初から気になっていたのだが、やっぱりどう読んでも関係者、もしくは関係者の知り合い。誰?(^^;)

http://wistaria.txt-nifty.com/logs/


ということで、どうやら私はニフティの関係者と思われているらしい。

私は、たしかに約15年前、NIFTY-Serveがサービスをはじめた割と早い段階でアカウントを持っていたし、もちろん幾つかのフォーラムに顔を出して(こういゆ比喩的表現も良く使ったものだ)、たまには書き込みもした。もっとも、私が接続時間の大半を費やしたのはチャット(CBシミュレーターとリアルタイム会議)だったが。また、仕事の面でも関係がないわけではないので、取引先として(株)ニフティを訪問したことがあるし、当然ながら面識のある社員の方もいる。しかし、そのなかに直接的にフォーラムに関係してる方はいない(筈)。

何をもって“関係者”と呼ぶかは色々とあるだろうが、恐らくは、上記のコメントを書かれた方が想定している“関係者”の範囲外だと思う。けしてフォーラムに熱心に参加していたとはいえない私にとって、「フォーラム出身者」と一括りにされるのは、少々抵抗がある。

それどころか、私にとって、“フォーラム”は既に過去の歴史的な事物でしかない。渋茶でもすすりながら、「昔は、フォーラムというものがあってなぁ、・・・」と孫にでも語り聞かせたい気分だというのは、少々言いすぎだが(勿論、そんな歳でもないし、そんな昔でもない)、ココログをみて、「あぁ、まだフォーラムって残ってたんだぁ」と感じたのは偽らざるところだ。

私が、@niftyの会員であるのは、たまたま私が加入していたISPであるInfoWebが@niftyに統合されたからであって、もし、この統合がなければ、ココログを作ることもなかったに違いない。

インターネットがブームになり始めたころ(1995年頃だろうか?)、(株)ニフティは、NIFTY-ServeをInternetサービスとは位置づけてなかった(一線を画そうとしていた)と記憶する。だからこそ、私はNIFTY-Serveではなく、InfoWebのアカウントを取得したのだ。

それから8年近い時間が過ぎた。もはや、パソコン通信時代(Internetブーム以前のパソコン通信全盛時代)とおなじくらいの時間が経過しているのだ。 実際の統計は、「ニフティのみぞ知る」だが、もはやInternetしかしらない会員の方が多いのではないだろうか?

後者の引用記事を見るのは、なにやら、成人式で小中学校のクラスメートに再会し、「○○さんも来てるし、××さんも来てるし、みんな来てるよ!」とにわか同窓会で盛り上がっている様子を傍目でみている、最近引っ越してきた余所者の新成人のような気分だ。 (おっと、今度は、そんなには若くないが・・・)

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2003.12.21

横浜ふぉと散歩(8)

images/ykhm031221-2
タイトル:「ランドマーク三十六景・すべての道はLMTに通ず」
普段、歩道橋を見ると、なぜ人間様の方が階段を上り下りして車を通さねばならぬのか腹立たしくもあります。しかし、街中で写真を撮るときは、歩道橋は高い視点での写真をとるための格好の道具となります。 一方、街中での写真の大敵は空を横切る電線です。実はこの写真では、横浜ランドマークタワーの前を横切る数本の邪魔な電線をレタッチソフトを使って消しています。あまり上手なレッタチではないので、よく見れば不自然なところが判ると思います。手前の太いのも消そうと思ったのですが、面倒なので残しました。何かのコンテストに応募するというのであれば、レッタチはご法度でしょうけど、blogは個人的な遊びですから構わないでしょう。

◆バックナンバー◆
 横浜ふぉと散歩(7)  「海の女たち
 横浜ふぉと散歩(6)  「ランドマーク三十六景・上総の海路、見立て

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横浜ふぉと散歩(7)

images/ykhm031221-1
タイトル:「海の女たち」
ランドマークタワーのシリーズが続いたので、ちょっと口直し。 写真は出航をまつ横浜港クルーズ船ロイヤル・ウィング号と、その係員です。海の仕事というと、なんとなく男のイメージですが、ここでは、もやい綱をとくのは若い女性の仕事でした。オレンジ色のパンツとヘルメットが印象的で、思わずシャッターを切った一枚です。

◆バックナンバー◆
 横浜ふぉと散歩(6)  「ランドマーク三十六景・上総の海路、見立て
 横浜ふぉと散歩(5)  「ランドマーク三十六景・赤レンガ倉庫越

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2003.12.20

blogの分類、再び

以前、「blogの属性分析(私案)」という記事で、テーマの取り方(内在か外部刺激か)と、文章の長さの二つの軸でさまざまなblogのタイプ分析を試みたが、興味をひく別の観点での分類が路傍亭で示されていた。

BLOGを情報が出入りする道具とみて、ちょっと整理してみます。

■入力元

  1. 自分の主観
  2. 他者の情報
    1. 他人の主観
    2. ニュースとかの客観

これがBLOG+自分の頭という情報処理装置を通って、できたデータをどういう意図で出すかという観点で、

■出力先

  1. 未来の自分に見てもらいたい。
  2. 他人に見てもらいたい。

という組み合わせがあるわけ。で俺は、実はどの組み合わせもアリアリだと思う。
【「BLOGのあり方を整理してみよう」from 路傍亭

入力と出力という捕らえ方が面白い。 「入力元」の方は、私が設定した「テーマの取り方」という軸に近いものがあるが、それに対するものとして「文章の長さ」では唐突な感じが否めなかったが、「出力先」であれば、ごく自然で説得力がある。

で、この私自身のblogはというと、入力元は“1.自分の主観 ”に近く、主力先は、「未来の自分:他人=7:3」くらいだろうか? いや、「6:4」か? ん~、「5:5」か・・・。 実のところ「未来の自分」という気もあまりしないのだが、そうなると、やはり「他人」なのだろうか・・・。

案外、自分の心理はわからないものだ。

PS.「私がトラックバックしない理由」などという大層な記事を書いたあとだというのに、これは、しっかりトラックバックを送っていたりする。

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片隅から眺めたblog論

こんなマスターベーションblogでも、面白いと感じてくださる方がいて、いくつかのblogからリンクを張っていただいている。おそらく、そうした方々の興味を引いているのは、あれこれ垂れ流している「blog論」もどきの部分だろうと思い、新たなカテゴリにそれらをまとめることにした。

境界線上の話題もあるが、一応は、blog全般について私の思うところを書いたものを新カテゴリ「◆片隅から眺めたblog論」に、ココログに対する要望などココログ固有の話題は、従来からある「ウェブログ・ココログ関連」に分類することとする。なかには、両方に分類するものも出てくるかもしれない。

新カテゴリの先頭に「◆」がついているのは、自分で追加したカテゴリであることを明示するためと、カテゴリーリストで上位に並べるためである。

インターネットの片隅で独り言をつぶやいているといいつつ、やはり、どこかで読み手を意識している。ひととは、そういうものだ。

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横浜ふぉと散歩(6)

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タイトル:「ランドマーク三十六景・上総の海路、見立て」
横浜ランドマークタワーの写真第5弾は、大桟橋に停泊中の客船「PACIFIC VENUS」号越しにみた構図。実はこのとき、手前にあるもの越しに遠くのものを眺める構図が、「北斎の富嶽三十六景みたいだなぁ」と感じたことが、意識してランドマークタワーの写真を撮るキッカケとなりました。そのときには、有名な神奈川沖波裏あたりを意識しての感想だったのですが、あとで調べてみたら、富嶽三十六景にも船を手前にした構図がありました。それが「上総の海路」です。共通点は船越しにみてるというだけですが・・・。

◆バックナンバー◆
 横浜ふぉと散歩(5)  「ランドマーク三十六景・赤レンガ倉庫越
 横浜ふぉと散歩(4)  「ランドマーク三十六景・尾州不二見原見立て

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ココログ七不思議その2

以前に、ジョークでココログ七不思議の一つ目を見つけたと書いたが、やっと二つ目を見つけた(というか、気が付いた)。

すべてのサービスを知っているわけではないが、@niftyでは、個々のサービスで認証が必要な際には、接続に利用するアカウント(ABC01234とか、旧InfoWeb会員の場合は、fxxx1234とか)を用いるのが普通なのに、なぜか、ココログでは、わざわざ別のアカウントを取得させるような仕組みになっている。

これは不思議といえば不思議だ。

そのアカウントが何処かに表示されているかといえば、そうでもない。純粋に管理画面にログインするだけに使われている。

ひょっとすると開発期間が短くて、@niftyの認証機構とココログの認証とを連携させる部分が開発できなかったのかもしれないが、一つの@niftyアカウントで一つのblogしか作れないのだから、何らかの連携は出来ているようだ。

では、どうしてこんな仕組みになったのか?

以下は、私の勝手な推理だが、当初、ココログの企画を考えた方々は、近い将来に、@nifty会員以外にも有償でココログだけをサービス提供しようと思っていたのではないだろうか? その場合に、@nifty会員と非会員とを一元的に管理できるよう、新たなアカウントを発行するような仕組みを組み込んでいたのではないだろうか?

ところが、社長の「何しろ早くスタートしてくれ」の鶴の一声で、会員以外への提供にも新たな会員制度を設けず既存の会員(料金)制度の枠組みで提供することになったためこのアカウント制度だけが宙に浮いてしまった・・・。

と考えたのだが、はたして、真相は?

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2003.12.19

私がトラックバックしない理由

blogの歴史について書かれたものを読むと、「トラックバック」自体がSixApart社が考えた機能で、blogという概念の登場と同時に生まれたものではないことがわかる。

しかし、たまたま私が、トラックバック機能を有するココログではじめて本格的にblogに接したせいかもしれないが、このトラックバックという概念が、blogを特徴づける最大の機能になるのではないかと思う。なぜならば、従来の普通のWebページとの違いを仕組みの面で際立たせているのが、まさにこのトラックバック機能だからだ。

と、思う一方で、私の書く記事はあまり他の記事にトラックバックを送っていない(余談だが、「トラックバック」に続く、動詞は何が適当なのだろう? 「する」「送る」「張る」???)。

そんななか、次の記事に接した。

まず読み手として相手の記事を読んだ後で、続いて書き手として、わざわざ相手のトラックバックURLを自分の編集フォームに戻って入力しPingを飛ばさなければならないのが億劫だ。

【「実は能動的ではないトラックバック」from Ocolog-オコログ-

そう、その通り、実に億劫なのだ。

なぜなら、私の場合、読み手としての私と、書き手としての私は、別の時間に活動しているし、その行動原理も結びついていないため、自分自身の切り替えが必要となるためだ。

私が記事に何を書くかを考えているのは、もっぱら、電車の中や、仕事の合間にちょっと息抜きをしているときだし、そのネタ(テーマ)は、前夜、考えていることが多い。そう、いまこの記事を書きながら、明日は何をネタにしようか?といくつかの候補を考えているのだ(このところ毎日1枚掲載している写真にしても、次はどれにしようかと既に考えている)。そのために、私の記事はセルフ・トラックバックとでもいうのか、自分の書いた過去の記事にトラックバックを送っていたりするのだ。過去の記事で、読んで貰いたいスケベ根性と自己を評したが、まさしく読んでもらうことを少なからず意識して、どういう話題なら読み手が面白がってくれるかを探りながら書いている。暗くてよく見えないが、きっと誰かが客席から見てくれているだろうと思って、舞台の上で演じている演じ手の気分だ。

一方で、読み手としての私は、会社の昼休み時間などに、新着記事一覧やら、ココログPingサーバやらを取っ掛かりとして、あちこちを読み散らかしている。このときには、何か面白い(刺激的な、興味深い)話はないかなぁ、と純粋に楽しむために行動している。読みながら、「ふむふむ、そうそう」といった程度の感想(同調)はしているが、あくまでも、そのときの心理は、煎餅でもかじりながら舞台を眺めている観客の気分。「よっ、待ってました!」と掛け声を掛けても、自分が舞台に上がって相手役を務めようとは思ってもいない。

もちろん、全ての記事がこうではない。古河社長Blogにトラックバックしている記事などは、社長の書かれたものを読んでインスパイヤーされて書いたものだ。しかし、その場合でも、その場でスグに書き始めることはあまりしない。読み手として楽しんだあと、間をあけて、次のネタを考えているときに改めて、読み返して書いていることが多い。

残念ながら、だからどうだ、ということについては、まだ考えていない。また機会を改めて考えてみたい(これ、明日のネタだったりして・・・)。

で、この記事は珍しくトラックバックを送っておこう。


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2003.12.18

横浜ふぉと散歩(5)

今日もまた我がライブラリ(?!)の中から1枚。


images/ykhm031218-1

タイトル:「ランドマーク三十六景・赤レンガ倉庫越」

横浜の新名所、赤レンガ倉庫の写真を撮ろうとすると、正直言って、背景に見える横浜ランドマークタワーが邪魔に感じます。でも、ランドマークタワーが写真の主題なのだと視点を変えると面白い写真に見えてきます。

ただ、この写真は、ランドマークタワー以外にもクイーンズスクエア等も赤レンガの屋根越に見えており、少し五月蝿い絵になってしまいました。
撮像範囲の狭いコンパクトデジカメは、広角に弱く、赤レンガの全景を入れつつも、他のビルが見えないアングルをとるのが困難でした。でも、機会があれば、もう少し工夫をしてみたい構図です。

◆バックナンバー◆
 横浜ふぉと散歩(4)  「ランドマーク三十六景・尾州不二見原見立て
 横浜ふぉと散歩(3)  「ランドマーク三十六景・常夏の国

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どっちの料理ショー元旦超特大スペシャル!

どっちの料理ショー」来年1月1日放送の元旦超特大スペシャル!のお題は・・・・


カレー vs. ラーメン

おいおい、正月早々、カレーとラーメンかよ! もっと他のものはないんかい!

ついでに書くと、元旦とは、元日の朝のこと。夜9時から