私がトラックバックしない理由
blogの歴史について書かれたものを読むと、「トラックバック」自体がSixApart社が考えた機能で、blogという概念の登場と同時に生まれたものではないことがわかる。
しかし、たまたま私が、トラックバック機能を有するココログではじめて本格的にblogに接したせいかもしれないが、このトラックバックという概念が、blogを特徴づける最大の機能になるのではないかと思う。なぜならば、従来の普通のWebページとの違いを仕組みの面で際立たせているのが、まさにこのトラックバック機能だからだ。
と、思う一方で、私の書く記事はあまり他の記事にトラックバックを送っていない(余談だが、「トラックバック」に続く、動詞は何が適当なのだろう? 「する」「送る」「張る」???)。
そんななか、次の記事に接した。
まず読み手として相手の記事を読んだ後で、続いて書き手として、わざわざ相手のトラックバックURLを自分の編集フォームに戻って入力しPingを飛ばさなければならないのが億劫だ。【「実は能動的ではないトラックバック」from Ocolog-オコログ-】
そう、その通り、実に億劫なのだ。
なぜなら、私の場合、読み手としての私と、書き手としての私は、別の時間に活動しているし、その行動原理も結びついていないため、自分自身の切り替えが必要となるためだ。
私が記事に何を書くかを考えているのは、もっぱら、電車の中や、仕事の合間にちょっと息抜きをしているときだし、そのネタ(テーマ)は、前夜、考えていることが多い。そう、いまこの記事を書きながら、明日は何をネタにしようか?といくつかの候補を考えているのだ(このところ毎日1枚掲載している写真にしても、次はどれにしようかと既に考えている)。そのために、私の記事はセルフ・トラックバックとでもいうのか、自分の書いた過去の記事にトラックバックを送っていたりするのだ。過去の記事で、読んで貰いたいスケベ根性と自己を評したが、まさしく読んでもらうことを少なからず意識して、どういう話題なら読み手が面白がってくれるかを探りながら書いている。暗くてよく見えないが、きっと誰かが客席から見てくれているだろうと思って、舞台の上で演じている演じ手の気分だ。
一方で、読み手としての私は、会社の昼休み時間などに、新着記事一覧やら、ココログPingサーバやらを取っ掛かりとして、あちこちを読み散らかしている。このときには、何か面白い(刺激的な、興味深い)話はないかなぁ、と純粋に楽しむために行動している。読みながら、「ふむふむ、そうそう」といった程度の感想(同調)はしているが、あくまでも、そのときの心理は、煎餅でもかじりながら舞台を眺めている観客の気分。「よっ、待ってました!」と掛け声を掛けても、自分が舞台に上がって相手役を務めようとは思ってもいない。
もちろん、全ての記事がこうではない。古河社長Blogにトラックバックしている記事などは、社長の書かれたものを読んでインスパイヤーされて書いたものだ。しかし、その場合でも、その場でスグに書き始めることはあまりしない。読み手として楽しんだあと、間をあけて、次のネタを考えているときに改めて、読み返して書いていることが多い。
残念ながら、だからどうだ、ということについては、まだ考えていない。また機会を改めて考えてみたい(これ、明日のネタだったりして・・・)。
で、この記事は珍しくトラックバックを送っておこう。


Comments
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Posted by: herbal viagra | 2007.06.07 at 05:56 AM