« February 2005 | Main | April 2005 »

2005.03.13

懐70's:ホワイト・デー

明日、3月14日はホワイト・デー。 いろんなお店で、ホワイト・デー用のプレゼントを販売している。すっかり年中行事として定着したホワイト・デーだが、すくなくとも私が記憶する限りでは、この習慣がはじまったのも、1970年代のことだった。

私の記憶では、バレンタイン・デーのチョコ(や、プレゼント)のお返しをする日というのが、言われ始めたのは、1970年代後半の頃のことのように思う。

当時は、日付も定まっておらず、今のようにバレンタイ・デーの一ヵ月後の3月14日という説(?)もあれば、一週間後の2月21日という説もあった。少なくとも、私がはじめて聞いたのは、一週間後という方だったように思う。今よりずっと早く、お返しをしないといけなかったのだ。

また、お返しのプレゼントも、マシュマロだとかキャンディだとクッキーだとか諸説があって、この日の名前自体も、最初はマシュマロ・デーなんて呼ばれ方をしていたように思う。

その翌年ぐらいには、チョコ(=女性からの意思表示)に対する回答のYes/Noによって、贈り物を変えるという話もあった。すなわち、男の方も相手の女の子が気に入っていれば、マシュマロを、ゴメンナサイだったらキャンディを贈るということだ(実際に、何を贈ることになっていたかは、すっかり忘れたので、今のは例です)。

結局、数年してい、シンプルに一ヵ月後にお返しをするということで落ち着いたみたいです(男の方が、プレゼントを使い分けるなんて、そんなややこしいこと覚えられるわけがない(笑))。

ホワイト・デーの定着は、高度経済成長のガムシャラ、モーレツから、徐々に余裕が出始めた時代に、うまくはまったということなのかもしれません。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.03.08

懐70's:白黒テレビ

テレビは、地上波デジタルへの切り替えが進む一方で、NHKの受信契約では、まだ1%程度の世帯が白黒テレビとして契約しているという。本当にいまでも白黒テレビが現役なのかは疑わしいところもあるが、これが35年前の1970年ころならば、まだまだ白黒テレビも現役だった。

テレビのカラー放送は1960年から始まり、1964年の東京オリンピックでカラーテレビ普及に弾みがついたと言われているが、1970年ころでもまだ放送は完全カラー化されておらず、番組によっては白黒のままだった。当時放送され、いまでも人気のある、アニメ(当時は、テレビ漫画という言い方の方が一般的だったかもしれない)「8マン」や「鉄人28号」は白黒だった。

NHKが全時間カラー化されたのは、1971年のことだという。

放送がそんな状態だし、カラーテレビの価格も高かったので、白黒テレビもまだ一般的だった。また、いまのテレビと違い、チャンネルが回転式なのは当然として、垂直同期や水平同期といった調整つまみ(ボリューム)がついており、調整がうまくいかないと画面が斜めにゆがんだり、スクロールアップしたりしたものだ。最近のテレビでは、こうした調整つまみが見当たらないのはデジタル化によって、同期ずれが起きなくなったからだろうか?

カラーテレビにしても、色合いや色の濃さを調整するつまみがあり、これも上手く調整しておかないと、妙に赤っぽかったり、色がギラギラした映像になってしまったものだ。

そうこういううちに、「昔は、テレビはブラウン管という真空管に画面が映る構造で…」という解説が必要になる日も近そうだ。

| | Comments (0) | TrackBack (1)

2005.03.06

懐70's:石炭ストーブ

3月だというのに急に冷え込んで、普段あまり雪が降らないところに雪が降っているようです。しまいかけたストーブに、もうひと働きしてもらわないといけないようです。といいつつ、一般家庭でもエアコンや、ファンヒーターが普及してストーブの利用は減りつつあるのではないでしょうか?

しかし、いまから35年前の1970年ころは暖房といえばストーブで、しかも学校の教室では石炭ストーブ(だるまストーブ)がまだ現役でした。

このシリーズの前回、「木造校舎」の記事でも触れたように、当時、私が通っていたのは大阪市内にある小学校でしたが、少なくとも1年生の冬は教室に石炭ストーブがありました。

各教室に1つずつ、教卓の横にでーんと置かれていて、煙突は窓から外へ出していました。教室の窓には一箇所だけガラスではなく、ブリキ板が嵌っている場所があって、そこから煙突を外に出せるようになっていたのです。

燃料の石炭は、当番(日直)が朝一番に、校舎の隅にある石炭置き場に取りに行くことになっていました。そこには、各クラスの番号(1-1とか、1-2とか)が書かれた「バケツをひしゃげたような入れ物」に石炭と炊きつけの薪が入れて置かれてました。おそらく毎朝、用務員のオジサンがセットしてくれていたのでしょう。

ただなにぶん昔の話なので、詳しいことが思い出せません。大阪はそんなに寒くないですから、使う期間も短かったのかもしれませんね。


| | Comments (1) | TrackBack (0)

リニアモーターカー開業

愛知万博へのアクセス、リニモが開通式 」 【朝日新聞】

以前、こちらの記事でも少しふれた国内初の浮上式リニアモーターカーが今日開業だそうです。常電導浮上式ということは、JRの方式とは少し違うようですね。

愛知万博自体には、あまり関心がないのですが、この鉄道には乗ってみたいなぁ。

| | Comments (0) | TrackBack (1)

« February 2005 | Main | April 2005 »