2004.02.03

今日から日記サイトに変わります

唐突だが、今日から当面、このblogは「日記」になります!

そもそも、このblogを始めた理由は、実際に体験することで「blogってどんなモノだろう?」ということを知ることにありました。そういう背景もあり、結果として、“blog考”のようなものを多く書き綴ってきました。そして、先日は、blogのジャーナリズム面にスポットを当てて実況レポートも試みています。その結果として、何かが得られたというワケではないのですが、ともかく、あの程度のことなら出来るということはわかりました。

そこで、今度は、敢てblogの日記的側面にスポットを当てて、日記サイトを体験してみたいと思います。

日記なので、他人の読ませることを前提とした書き方はしません。たとえば、「私は、タローという名の犬の飼っているのだが、今日、そのタローが・・・」といった書き方はせず、いきなり「タローが・・・」と書くことになります。なぜなら、自分自身はタローが飼い犬のことだと知っているからです。

しかし、私の節度ある大人なので(笑)、他人の目に触れては困るようなことは書きませんし、場合によっては、多少の脚色を交えることもありえます。あくまでも実験としての日記です。

最後に、日記記事の最後には、事情を説明したこの記事へのリンクを載せることにします。
(一応、日刊ココログ・ガイドに紹介してもらってあまり日が経ってないので、紹介文と様子が違うじゃないかと思われないため等を考えての処理です)

原則的に、1日1記事(未満)、日記だけの投稿としますが、飽きたら他の記事も書くでしょう。あるいは、即、実験を中止にします。

では、また。

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2004.02.02

実況レポートをやってみて

昨日、思いつきで携帯電話片手に、みなとみらい線開業による街の賑わいを実況レポートしてみた。

実際にやってみて、思ったこと、感じたことなどをまとめてみた。

1.写真の選定
現場の雰囲気を伝えるためには、写真は重要な要素ながら、いざ投稿するとなると困ったことがあった。それは人の顔が写り込んでしまうことだ。最初のレポート記事「新たな祭」でも、最初に撮った写真は、通行している人の顔が判別できる程に写っていたため、場所を変えて取り直している。

パレードの写真でも、もっと華やかなバトントワリングをする女の子の写真なども写したのだが、すぐ側で撮っていて顔がハッキリと識別できる為、プライバシーのことを考えて、投稿を見合わせた。一旦、ネットに流すとどこに流れるか判らないだけに気になった。

中田横浜市長の様に、半ば公人であればいいのかもしれないが、残念ながら市長は、向こう側を向いていて後頭部しか撮れなかった。

2.投稿のタイミング
携帯電話で撮影して、メールを発信するには、それなりの時間を要する。ましてや、多少なりとも記事を書こうとなると、ますます入力に時間が掛ってしまう(慣れた女子高生なら、入力も速いだろうが)。

パレードのように時々刻々、状況が変わるものをレポートする場合には、いつ投稿するかを見極めるのが難しい。龍舞の2枚目も、携帯電話では撮り損ねたため、別に持っていたデジカメで撮った写真を、自宅に戻ってから付け加えた。

とにかく携帯電話で写真を撮るだけとって、あとから投稿すればいいのかもしれないが、それでは実況感が薄れてしまう(リアルタイムでご覧になった方は、ほとんど居ないだろうが)。

複数台の携帯電話を使えばいいのかもしれない(銀塩カメラの場合でもフィルム交換でシャッターチャンスを逃さないよう、サブカメラを持って行くことがある)。

3.著名人の写真

第1項とも関係するが、馬車道での路上イベントのレポートのように芸能活動をしている人の写真を掲載する際には、プライバシー以上に肖像権が気になる。気にはなったが、レポートの鍵となる写真なので、今回はそのまま投稿した。

こうした問題もあり、写真が多くてディスク容量も多く消費するので、今回のレポートは一定時期をみて削除する予定だ。

4.最後に
今日一日、いやに肩が痛いなぁと思っていたのだが、これは、ひょっとすると、ずっと携帯電話でカチャカチャやっていたせいかもしれない(苦笑)。

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2004.01.30

サイドバーの並べ替え

昨日書いた「重要なのは日付順か、カテゴリ別か?」という記事で、《ここでは、日付順よりもカテゴリ別の方がより重要》と仮説を立てた。その考えに従い、サイドバーの中の並び順を少しいじって、カテゴリをより重要視した位置にもってきた。

私の場合、ココログの標準機能の範囲での対処しか考えてないので、この程度しか出来ないが、最近、ココログでは、サイドバー内のコンテンツの“折り畳み”が流行しはじめているようだ。 こちらにも関心はあるが、もはや話についていけないので、こちらでの議論を静観。おいおい勉強していければと思う。

ごまめのつぶやきさんは、この折り畳みを採用されているが、ちゃんと初心者向けの案内が左上隅に書いてあって、今後、是非参考にしたいと思う。 (ただ、ちょっと先のことになりだが)

世の中は更に進んでいて、こちらでは、エントリ(記事)内の配置についての議論。

投稿日時やカテゴリ、書いた人の名前などはエントリの本文を読む以前に把握しておきたい事柄なのに対して、Permanent linkやコメントなどのステータスは本文を読む以前に把握していなくても良いもの

【「エントリの構造とその見た目」 from hail2u.net

とても参考になる意見だ。
ただ、カテゴリ名は、その記事が属するカテゴリを示す役割と同時に、同じカテゴリの記事を呼び出すボタン(リンク)の役目を兼ねているので、記事を読み終わった読者に、“同カテゴリの記事はこちら”と案内するために末尾に置くという考え方もあると思う。

いずれにしても、(残念ながら)私にとっては更に先の話になりそうだ。

◆◆◆
余談ながら、従来は、「◆片隅から眺めたblog論」というカテゴリを用意していたが、どうも“blog”というのが重いなぁと思っていた。上で引用した記事中で「blog考」という表現があり、とても気に入ったので、こちらは即参考にさせてもらって(パクらせてもらって(笑))、カテゴリ名を「◆片隅で思うblog考」に修正した。

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2004.01.29

重要なのは日付順か、カテゴリ別か?

blogの定義を議論する際、blogであるための要件の一つとして取り上げられるものに「記事が時系列に並ぶ」というものがある。“blog”という言葉自体が“Web”+“Log(日誌)”の略であるし、blogの典型が、ニュースを引用して論評するものであったり、所謂、日記であったりすることから、このことは比較的受け入れ易い話であった。

しかし、実際に、自分が書いたこのページを見てみると、果たして、時系列に並んでいることがそれほど重要なのだろうか?という疑問が沸いてきた。

ここで私が書き散らしている記事の多くは、日付というものにあまり依存しない。日付(その当日であること)を特に意識していたのは、「冬の月」や「成人式なんていらない」あたりだろうか。

また、原則として1話完結型で書いているし、古い記事を受けて新たな記事を書く場合は、意識して「以前の記事でXXXと書いたが・・・」といった前振りをいれて書くようにしている。これは、あとから来て、その記事を先に読むひとへの配慮のつもりだ。

ここでは、ある時は写真を紹介したり、ある時はblogについて私なりの考察をしてみたり、また、ある時は、“つぶやき”みたいなことを書いていたりで、時系列で読むと、むしろ、かなり支離滅裂なことになっている。どうやら、私自身はblogツールをCMSツールとして(の面を特に)使っているようだ。

継続的に読みに来てくださるリピーターの方には、“ここからが今日書いた記事だよ”と示す意味で、最新記事を先頭に時系列に並んでいることが意味をもつが、それ以外の方(一見さん)を意識すれば、他の方々のblogはともかく、ここでは、日付順よりもカテゴリ別の方がより重要なのではないだろうか?

ただ、その場合の記事のカテゴリ分けは、いまのような大雑把な分け方では不十分かもしれない。いま、まともにカテゴリ分けできているのは、「◆横浜ふぉと散歩」くらいだろう。「◆片隅から眺めたblog論」も、最近は、「ウェブログ・ココログ関連」との違いが曖昧になりつつある。カテゴリ設定についても再考の余地ありだ。

今後は、この辺を、時間をかけてゆっくりと見直していきたいと思っている。

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2004.01.27

バックナンバーへのリンクを設置

以前の記事で、《検索ワードで、「◆横浜ふぉと散歩」カテゴリのどれかの記事にたどり着いた場合、そのバックナンバーや最新記事を参照する方法が直感的に理解いただけているのだろうか?》との疑問を抱いたこともあり、今回、とりあえず、「◆横浜ふぉと散歩」シリーズに限り、各記事に、バックナンバーへのリンクと、カテゴリ全体の表示方法の案内文を記事末尾につけることにした。

私がこのblogで使っているアクセス解析は、カウンターのおまけなので、ページ間の移動まで詳しくは追跡できないので、効果のほどを具体的に測定はできないが、少しは、役に立つのではないかと思っている。

いちいち手動で、リンクを張るのは面倒だが、しばらくこれで様子をみてみよう。

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2004.01.25

blogではblogの話題が目立つワケ

いまさら、わざわざ別記事にして書くこともないな、と思いつつも少し気になったので、心覚えに書いておきます。

このblogもそうですが、blogではblogについて書かれたblogあるいは記事が多くあります。
それは、ある意味、当然の現象だと思います。なぜならば、“blog”は、blogを開設する人々にとっての最大公約数の話題だがらです。

  • Aさんは、ペットについて関心があり、ペットをテーマにしたblogを開設している。
  • Bさんは、起業について関心があり、起業をテーマにしたblogを開設している。
  • Cさんは、アニメについて関心があり、アニメをテーマにしたblogを開設している。

普通に考えれば、Aさん、Bさん、Cさんに共通の話題はありませんが、ここでは、ともにblogを開設しているという共通項があります。

ですから、Aさんが、たまたま、blogについての記事を書けば、普段なら関係のない、BさんやCさんからトラックバックが送られてくるかもしれません。また、Xさんがblog自体をテーマにしたblogを作っていると、Aさん、Bさん、Cさん共に関心を寄せるので、起業について興味のある方しか関心を寄せないBさんのblogに比べて、カウンターが沢山回ることでしょう。

したがって、blog自体を話題にした記事は書き手も多くなるし、トラックバックや参照数の多さから、より目立つ存在にもなります。

こうした状況を見ると、blogでは、blogについて語らなければならないような錯覚に陥ったり、あまりにもblog論が喧しい(ように見える)ので、何か小難しいような印象を受けたりするかもしれません。でも、blogについて書かれたものが目立つのは、上に書いたような事情によるものなのですから、気にすることはありません。

自分の好きなようなことを、好きなように書けばいいのだと思います。

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2004.01.24

「おれに関する噂」

前にも書いたとおり、時々、カウンターについているアクセス解析機能のリファラー情報をみている。その結果、このblogにリンクを張ってくださっていたり、時には言及してくださっているblogを見つけることがある。

そうしたときには、私も、

どうしても「あなたのサイト観ています」という[強烈なメッセージ]を受けてしまう。 コメントやトラックバック以上の[沈黙のメッセージ]を感じてしまうのだ。 

【「マイリストの意味」from it1127の日記


といった印象を受けている。特に、お褒めの言葉らしきものが添えられていたりすると、何だか面映い気分になる。

しかし、「沈黙のメッセージ」は沈黙のメッセージとして受け取って、お礼などを相手のblogに書き込んだりはしない。その理由を、「アクセス解析、私の場合」では、

心のどこかに、相手の行動を覗きみて知ったという後ろめたさ故か?  それもゼロではないかも。 でも、わざわざ書くこともないという気持ちが大半。
と記したが、このところをもう少し詳しく書いてみたい。

先にも書いたように、お褒めの言葉をいただいたりすると、面映い気分になるのだが、だからといって、のこのことそこに出かけてお礼を述べたりすると、後からその記事をご覧になった方にとっては、まるで“できレース”というか、予定調和というか、何かヤラセくさく見えるのではないかと思う。

記事を書いた方にとっても、ときに、“興醒め”な気分になるのではないだろうか?

筒井康隆の小説に「おれに関する噂」という短編がある。平凡な男が、ある日、マスコミが自分のことを報道しているのを知る。男の驚き、戸惑い、怒りなどで話が進み、最後に、男は意を決して新聞社(テレビ局だったか?)に向かう。そして・・・。

皆まで書くのはよそう。興味のある方は、一読されることをお勧めする(入手困難かな? まぁ、今まで書いたことから、だいたい判りますよね)。

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2004.01.19

シンプルな画面レイアウト

私は、blogも含めWebのデザインは、シンプルで機能的なものを好む傾向にある。

その背景には考え方は、

あまりにいろんなものを付けすぎると、本当に見てもらいたいものが埋没してしまいます。

【「サイドバーの扱い」from SO505i Stand-by Disp


に共通するものがある。

なので、ここを開設するにあたって、まだblogがどういうものかさえ良く判らない時点で、システムから「さぁ、この中から、レイアウトを選びなさい」と選択を迫られたときに考えたのは、比較的シンプルで機能的でありそうなものを、ということだ。

両側にサイドバーがあるのは、肝心の記事エリアが窮屈になりそうで、かつ、ゴテゴテとした印象になりそうだし、サイドバーなしは、バックナンバーへの参照ボタンが付けられないのは困る(実際には、記事の下に縦列に配置されるが、この時は勘違いしていた)との消去法から、片側サイドバーを選ぶことにした。

サイドバーを右にしたのは、普通、機能ボタン類は左側に置かれることの方が(おそらく)多いことに対して、少し天邪鬼な気を起こしたからで、「サイドバーの扱い」で論じられているように分析的に行ったものではないのだが、結果として、うまくいって気に入っている。

一番大事なのは記事で、できればバックナンバーなども見てもらって、お帰りは[ココログ Powered by TypePad]のロゴをクリックして、という寸法だ。

画面をシンプルにするということは、結果として、少し懸念している操作性の向上にも役立ったかもしれない。

それはさておき、私には、サイドバーに関して、もう一つ気になることがある。それは、また別記事で・・・。

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2004.01.15

blogの操作性は市民権を得ているか

アクセス解析の結果については、これまでも何度か話題にしているが、これまでに書いているように、こちらが意図しない検索ワードで検索されるばかりではなく、例えば「横浜の風景」や「ランドマーク 写真」といったこのblogでテーマとして取り上げているもので検索して来てくれる方もいる。

そうした方が、どのような意図で検索し、また、このblog(の該当記事)を見て満足されたのかどうかは判らないが、書き手としては、是非、いろいろと見ていってほしいと思っている。

ところで、ココログをあちこち見ていると、「ブログというものを初めて知った」という声も結構目にする。かく言う私も、言葉としては知っていたもの、blogに本格的に接したのは、1ヶ月半前にここを開設したときからだ。@niftyでココログが始まったことで、《Blogも一部のパイオニア達のものから、ブーマー達のものへと、モードが変わりはじめたのかもしれない》と随分前に書いたが、まだまだblogというものに馴染んでない方も多いことだろう。

では、blogについて前提知識のない方にとって、(ココログで開設された)blogの操作性はわかりやすいものなのだろうか? 具体的には、冒頭に挙げたような検索ワードで、「◆横浜ふぉと散歩」カテゴリのどれかの記事にたどり着いた場合、そのバックナンバーや最新記事を参照する方法が直感的に理解いただけているのだろうか?

我々、blogの開設者は、記事のフッターにあるカテゴリ名称をクリックすれば、そのblog内の同一カテゴリの記事を読めることを知っているし、トラックバックがあれば、それを辿って他の方の書いた関連記事を読めることを知っている。
blogを開設しているひとでさえ、最初は「トラックバックって何?」というところからはいるのに、ましてや、blogについて全然知らないひとは、「この記事へのトラックバック一覧です」と書かれていても、何のことやさっぱり判らないのではないだろうか?

もちろんblogといえどもWebページであることに変わりはなく、適当にクリックすれば、なにか次の情報が得られるという点に変わりは無い。しかし、blog(ココログ)の場合には、上にあげた例ばかりでなく、「最近の記事」と「最近のコメント」の違いや、「このサイトと連携する (XML) 」「このウェブログをマイリストに追加 」といったblog未経験者にはよくわからないものがあって、けして親切とは言いがたいもののように思う。

検索エンジンからたどりついたblog未経験の読者を獲得するには、少なくとももう少しblogというものが市民権を得るまで、ケアが必要なのではないだろうか?

といって、具体的な方法があるわけでもないのだが・・・

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2004.01.08

blogには個性が大事

以前、「テーマblog vs. 無テーマblog」という記事を書いたが、一見、テーマが無いように見えるblogでも隠れたテーマがある。それは、先の記事でも少し触れたが、“書き手の関心事”ということだ。

どのニュースを取り上げるか、どのサイトを紹介するか、何についての記事を書くか、すべて書き手の関心の有無に委ねられているといっても間違いではないだろう。

こうして書かれた記事が蓄積されてくれば、そこには書き手の個性の一断面が見えてくるのではないだろうか?

“個性”というと、何か特異な文体で書くことと勘違いする向きもあるようだが、それも個性の一面であろうが、そんなことよりも、物の見方や意見といったところにこそ、個性が現れれるものだ。

少し読んでいて面白い、もっと読もう、と思うblogは

・書き手の感情をあまり隠さない
・書き手自身を笑い飛ばせる
・他人の悪口を言うときに自分を正当化しようとしない 安全地帯に非難してから悪口をいうことはしない 悪口を言うことそのものはOK
・ある情報を紹介するだけでなく、そこに書き手の考えを付け加える
・何がいいたいのか理解できる 私はこう思います、主張の内容は全部わからなくても、方向はよくわかる

【「どのようなblogに惹かれるか」from IsaoBlog
私もこの意見には賛同する。 そして、ここに列挙されているポイントも、言い換えれば書き手の個性がより明確に現れているということではないだろうか?

ただ、残念ながら、私も含めて、多くの書き手が一般的な意味で個性的なわけではない。そうそう変わった体験をするわけでもなければ、画期的な視点で意見を述べられるわけでもない。せめて、先の箇条を頭の隅に意識しておきたいものだ。

なお、興味のある方は、先の記事の全文を参照することをお勧めする。

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2003.12.29

ガラス張りの我が家なら

blogはガラス張りの我が家という良く判らない喩えをした。

別稿では、ココログ=オナクラなんて喩えをしているので、この両者を結びつけると、ガラス張りのオナクラ・・・いかん、話が変な方に脱線しそうなので、軌道修正をはかろう。

もし、ガラス張りの家に住むとなれば、やはり人の目は気になるだろう。女性では、スッピンでは居られないといったところか。

では、その化粧の程度は? これはひとによって違うのではないだろうか? バッチリメイクでないと居られないひと、薄化粧で済ますひと様々ではないだろうか?

私の場合、“化粧”は、多少なりとも第三者が読んで理解できるような文章にするよう心がけるところか。意見自体が独りよがりだとしても、文章自体までもが独りよがりだと何を書いているのか判らなくなる。いくら独り言だと言い張っていても、それは避けたいと思っている。

その通りになっているかどうかは、自分では判らない。

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2003.12.28

コメントの切れ味、トラックバックの広がり

blog(すくなくともココログ)には、他人の記事への反応方法として「トラックバック」と「コメント」が用意されている。
トラックバックについては、過去にも「私がトラックバックしない理由」という記事において、“トラックバックという概念が、blogを特徴づける最大の機能になるのではないかと思う”としつつも、その手段が“実に億劫なのだ”ということを書いた。

では、コメントではどうだろうか? 読んだその場で書くコメントなら、すくなくとも、億劫さは少しは回避できるだろう。しかし、それだけだろうか?

いろんなblogのいろんな記事、そしてコメントをみていて思うのは、コメントで大事なことは「切れ味」だということだ。当意即妙で、キレ味鋭くスパッと決まったコメントは、読んでいても心地よく、思わず「一本!決まった!」と叫びたくもなる。

コメントの機能はそれだけではないだろうが、ともかく、書き手が記事の主題としていなかっただろう的外れなところに焦点を当てて書かれたコメントは、あまり面白くない。

たいして、トラックバックは、リンクを張るものの、記事本文が書かれる場所が「我が家」たる自分のblogということもあって、連想ゲーム的に話題が広がるのが面白いように思う。あまり引用元との話題の関連性を気にせず、トラックバックを使いたいものだと思う。

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blogはガラス張りの我が家か

前々回の記事で、作り手、書き手と読み手としての心理の違いについて触れた。私自身がWeb制作において課した、テーマ性網羅性というのは、

個人ページが読者を集める手法として私が前々から気づいていたのは、サイトのテーマを一つに絞ってひたすら更新を続けるという方法だ。特定の話題にサイトを特化する事になるので、執筆に集中できるし固定読者層を獲得する事が期待できる

ブログのカテゴリーと素材」 from Ocolog


というのと通じるところもあると思う。

対して、blogは、まさしく雑記に近い。その時々で思うことを書き連ねている。そう遠くない将来、矛盾も生じるだろう(いや、「私がトラックバックしない理由」などと記事を書いていながら、その後、結構、あちこちにトラックバックを送っているのも、すでに矛盾といえるかも)。 それが良い悪いではなく、所詮、日記なんてそういう物だと半ば開き直っているところもある。

思えば、この所謂Webに対するときと、所謂blogに対するときの感覚の違いは、公共性に対する感じ方の違いのような気がする。Webは、その登場時点で「世界に向けての情報発信」といった大上段に構えたところがあった(と、私は思う)。ISPから与えられたン十MBという容量は私的なものながら、なんだか、つまらないもの(役立たないもの、面白くないもの、切り口が凡庸なもの)は乗せてはいけないんじゃないか?という脅迫観念があった。

これが、そもそもが共有の場である@niftyのフォーラムなら尚更のことであっただろう。

たいして、blogは、すくなくとも私にとっては、「log=日誌のことであり、日記サイトの延長」といった一面の理解を出発点としているから、ココログで@niftyからもらった30MBは、まるでプライベート空間のように感じる。私もその一人だが、自分のblogを「ひとりごと」とか「つぶやき」だと形容するひとがおおいのが、その表れではないだろうか。

プライベート空間だから、少々、脱線気味のことを書いても許される。テーマがぼけても許される。どこかでそういうエクスキューズを感じている。

ただ、本当に意味でのプライベート空間との違いは、プライベートといいつつ、どこかで他人(読み手)を意識している点。そういう意味で、blogはガラス張りの我が家みたいなものかもしれない。

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テーマblog vs. 無テーマblog

すでに何度かこのblogでも触れたように、私はこのblogとは別に個人ホームページを何年も前から開いている。ここで、“個人”ホームページと書いたのは、開設者たる私が(法人やグループではなく)個人として開設・運用しているという意味で、その内容は私個人に関するものではない。

ホームページを開設する際に、私自身が考えたことは、明確なテーマの設定とそのテーマに関する出来る限りの網羅性ということだった。

私がホームページを開設した頃には、すでに多くの個人ページが開設されていたが、その多くは、自己紹介的なもので、「私の好きな映画」とか「私の好きな音楽」といったコーナーに2,3の映画や音楽の紹介が乗っているという程度のものだった。

見る立場で考えれば、そうした自己紹介サイトはつまらない。やはり、ある程度使えるページでなければと思い、自分がもっとも多く情報を提供できそうなテーマを選んだ。なにせ、ある意味、ニッチなテーマだし、一種のデータベースみたいなものなので、訪れてくれる方はそれほど多くないが、お蔭様で(?)Googleで検索するとかなり上位(検索キーワードによっては1位)にランクされている。 すくなくとも所期の目的は達せられた。

ところが、自らテーマ性を強く打ち出しているが故に、このホームページには、あまり自我を表現できない。テーマに関係ないことは、開設者自身も掲載できなくなってしまったのだ。

そんな窮屈さを感じていた身にとっては、blogというのは、とても自由に感じる。すくなくとも私は、自身が開設したWebへのアンチテーゼもあって、このblogに、最初からテーマを規定しようとは思っていない。

ただ、何せひとりの人間のやっていることだから、そのうち自然と何かに収斂してくることだろう。それは、blog論横浜の写真という互いに何の関連もない複数のテーマかもしれない。唯一、この両者に関連があるとすれば、それは、“私が関心を寄せている”という一点だけだ。

---
という記事を書いてみたものの、読む立場に立ち戻れば、やはり何かテーマがあるblogの方が面白い。12月26日からはじまった、日刊ココログ・ガイドでも紹介されているのは、テーマがハッキリとしているものばかり。

来年は「一サイト一テーマ主義」の個人ブログサイトが他のブログサイトとの差異を強調して読者を獲得しそうな予感。

【「一点豪華主義」from Ocolog


という意見も理解できる。
来年はテーマblogと無テーマblogの争いの年になるのかもしれない(何を、どう、争うのかは判らないが)。

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2003.12.25

ネットサーフィンの復権

このblogを書き始めて約3週間、耳学問として名前だけは聞いていたblogというものを実際に体験してみて、徐々にではあるが自分なりの理解ができつつある。

いまのところ、書く方に多くの時間を割いて、他所はココログの中だけを中心にチョコチョコと目にしているだけだが、それでも一時に比べて、またインターネットに接する時間が増えてきた(年末特番ばかりでテレビが面白くない、ということも背景にあるかもしれないが)。

自分の考えを日々書き続けていくうちに、さまざまなことに興味をもって、他の blog やニュースサイトなどにも目を向けるようになるのではないのでしょうか。情報を発信することで、情報を収集することにも関心が生まれる。つまり、blog によって情報リテラシーが高まるのではないのか

@nifty:ウェブログ虎の穴 其の一


まだ、そのレベルにまでは行かないが、物置の奥に仕舞いこんでいた「ネットサーフィン」という言葉を、引っ張り出してきて、埃を払っているところだ。

もっともっとblogに嵌まれば、波間を漂う(実際のサーフィンは漂っているわけではないが)からネットの海深くお宝を探しに「ネットダイブ」へと進んでいくかもしれない。

話は変わって、上記に引用した「ウェブログ虎の穴」は、インタビューにしては、先の引用や“お裾分け”との比較など、やたらと“語って”いて、インタビューというより、丸で対談だなぁと思っていたら、構成されているのが、METAMiX!を書いている方なんですね。なんとなく納得。本来なら、トロットご夫妻の発言からどこかを引用すべきなんでしょうが、おもわず、聞き手の言葉を引用してしまいました。

PS.ところで、折角、記事を書いたのにトラックバックを送れないなんて・・・ つまんないなぁ(笑)

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2003.12.23

ココログ=オナ●ラ

過去の記事で、blogはマスター●ーションではないか?と書いた。

しかし、本来のマスターベーションが個人的に密やか行われるのに対して、blogは誰かに見てもらうことを、心のどこかで想定しなが書いている。

ところで、比較的新しい風俗店の一種として「オナ●ラ(オナ●ークラブ)」というものがあるらしい。この店では、客である男性は店にいる着衣の女の子に自らのオナニー姿を見てもらうことで、快感を得るという。

さすれば、ココログはオ●クラなのかもしれない。

・・・どうやら、忘年会の酒がまだ残っているようだ。暴言ご容赦。

◆◆◆
依然として、「おなくら(実際はカタカナ)」という検索ワードでこの記事がgoogleの第1位にヒットしてしまい、図らずも迷い込んできてしまう方がいます。 そのため、タイトルの一部を伏字に変更しました。 [2004.01.21]

問題となるキーワードをすべて、伏字にしました。[2004.05.07]

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2003.12.22

blogとニフティ

マリリン・マンソーさんのOcologに興味深い記事を見つけた。マリリン・マンソーさんご自身の思考・思索は、もはや更にすすんでいて、この記事はすでに「最近の記事」からも落ちているが、あらためて引用し、“億劫さ”の壁を乗り越えてトラックバックも送ることとしよう。

「ココログの持つパワー」が、長いパソコン通信文化を持つニフティならではのものであり、かつてのフォーラムというブログコミュニティに似た文化との親和性やニフティユーザの持つ本来的なライター気質といった「ステレオタイプ」が一部で述べられているが、果たして本当なのだろうか?
---(中略)---
TypePad系としてはいちはやくそれを利用する場(無料)を提供しかつ公開にあわせてブログに関する妥当な知識を提供したことや、プロバイダとしてあらかじめ多くの顧客を獲得していた企業側の広報の勝利だと考えたほうが適切なのではないだろうか。
【「ココログに付きまとうステレオタイプを疑う」from Ocolog-オコログ-

引用のルールに則り、必要最低限をここに転記しているので、本来の文脈は是非ともオリジナルを参照していただきたい。
私も、おおむね上記の意見に同意する。

あそびをせんとやうまれけむ」の「チクリ野郎はこちらへ(また、刺してみる(笑)」という記事に付けられたコメントによると、

この人オープン当初から気になっていたのだが、やっぱりどう読んでも関係者、もしくは関係者の知り合い。誰?(^^;)

http://wistaria.txt-nifty.com/logs/


ということで、どうやら私はニフティの関係者と思われているらしい。

私は、たしかに約15年前、NIFTY-Serveがサービスをはじめた割と早い段階でアカウントを持っていたし、もちろん幾つかのフォーラムに顔を出して(こういゆ比喩的表現も良く使ったものだ)、たまには書き込みもした。もっとも、私が接続時間の大半を費やしたのはチャット(CBシミュレーターとリアルタイム会議)だったが。また、仕事の面でも関係がないわけではないので、取引先として(株)ニフティを訪問したことがあるし、当然ながら面識のある社員の方もいる。しかし、そのなかに直接的にフォーラムに関係してる方はいない(筈)。

何をもって“関係者”と呼ぶかは色々とあるだろうが、恐らくは、上記のコメントを書かれた方が想定している“関係者”の範囲外だと思う。けしてフォーラムに熱心に参加していたとはいえない私にとって、「フォーラム出身者」と一括りにされるのは、少々抵抗がある。

それどころか、私にとって、“フォーラム”は既に過去の歴史的な事物でしかない。渋茶でもすすりながら、「昔は、フォーラムというものがあってなぁ、・・・」と孫にでも語り聞かせたい気分だというのは、少々言いすぎだが(勿論、そんな歳でもないし、そんな昔でもない)、ココログをみて、「あぁ、まだフォーラムって残ってたんだぁ」と感じたのは偽らざるところだ。

私が、@niftyの会員であるのは、たまたま私が加入していたISPであるInfoWebが@niftyに統合されたからであって、もし、この統合がなければ、ココログを作ることもなかったに違いない。

インターネットがブームになり始めたころ(1995年頃だろうか?)、(株)ニフティは、NIFTY-ServeをInternetサービスとは位置づけてなかった(一線を画そうとしていた)と記憶する。だからこそ、私はNIFTY-Serveではなく、InfoWebのアカウントを取得したのだ。

それから8年近い時間が過ぎた。もはや、パソコン通信時代(Internetブーム以前のパソコン通信全盛時代)とおなじくらいの時間が経過しているのだ。 実際の統計は、「ニフティのみぞ知る」だが、もはやInternetしかしらない会員の方が多いのではないだろうか?

後者の引用記事を見るのは、なにやら、成人式で小中学校のクラスメートに再会し、「○○さんも来てるし、××さんも来てるし、みんな来てるよ!」とにわか同窓会で盛り上がっている様子を傍目でみている、最近引っ越してきた余所者の新成人のような気分だ。 (おっと、今度は、そんなには若くないが・・・)

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2003.12.20

blogの分類、再び

以前、「blogの属性分析(私案)」という記事で、テーマの取り方(内在か外部刺激か)と、文章の長さの二つの軸でさまざまなblogのタイプ分析を試みたが、興味をひく別の観点での分類が路傍亭で示されていた。

BLOGを情報が出入りする道具とみて、ちょっと整理してみます。

■入力元

  1. 自分の主観
  2. 他者の情報
    1. 他人の主観
    2. ニュースとかの客観

これがBLOG+自分の頭という情報処理装置を通って、できたデータをどういう意図で出すかという観点で、

■出力先

  1. 未来の自分に見てもらいたい。
  2. 他人に見てもらいたい。

という組み合わせがあるわけ。で俺は、実はどの組み合わせもアリアリだと思う。
【「BLOGのあり方を整理してみよう」from 路傍亭

入力と出力という捕らえ方が面白い。 「入力元」の方は、私が設定した「テーマの取り方」という軸に近いものがあるが、それに対するものとして「文章の長さ」では唐突な感じが否めなかったが、「出力先」であれば、ごく自然で説得力がある。

で、この私自身のblogはというと、入力元は“1.自分の主観 ”に近く、主力先は、「未来の自分:他人=7:3」くらいだろうか? いや、「6:4」か? ん~、「5:5」か・・・。 実のところ「未来の自分」という気もあまりしないのだが、そうなると、やはり「他人」なのだろうか・・・。

案外、自分の心理はわからないものだ。

PS.「私がトラックバックしない理由」などという大層な記事を書いたあとだというのに、これは、しっかりトラックバックを送っていたりする。

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片隅から眺めたblog論

こんなマスターベーションblogでも、面白いと感じてくださる方がいて、いくつかのblogからリンクを張っていただいている。おそらく、そうした方々の興味を引いているのは、あれこれ垂れ流している「blog論」もどきの部分だろうと思い、新たなカテゴリにそれらをまとめることにした。

境界線上の話題もあるが、一応は、blog全般について私の思うところを書いたものを新カテゴリ「◆片隅から眺めたblog論」に、ココログに対する要望などココログ固有の話題は、従来からある「ウェブログ・ココログ関連」に分類することとする。なかには、両方に分類するものも出てくるかもしれない。

新カテゴリの先頭に「◆」がついているのは、自分で追加したカテゴリであることを明示するためと、カテゴリーリストで上位に並べるためである。

インターネットの片隅で独り言をつぶやいているといいつつ、やはり、どこかで読み手を意識している。ひととは、そういうものだ。

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2003.12.19

私がトラックバックしない理由

blogの歴史について書かれたものを読むと、「トラックバック」自体がSixApart社が考えた機能で、blogという概念の登場と同時に生まれたものではないことがわかる。

しかし、たまたま私が、トラックバック機能を有するココログではじめて本格的にblogに接したせいかもしれないが、このトラックバックという概念が、blogを特徴づける最大の機能になるのではないかと思う。なぜならば、従来の普通のWebページとの違いを仕組みの面で際立たせているのが、まさにこのトラックバック機能だからだ。

と、思う一方で、私の書く記事はあまり他の記事にトラックバックを送っていない(余談だが、「トラックバック」に続く、動詞は何が適当なのだろう? 「する」「送る」「張る」???)。

そんななか、次の記事に接した。

まず読み手として相手の記事を読んだ後で、続いて書き手として、わざわざ相手のトラックバックURLを自分の編集フォームに戻って入力しPingを飛ばさなければならないのが億劫だ。

【「実は能動的ではないトラックバック」from Ocolog-オコログ-

そう、その通り、実に億劫なのだ。

なぜなら、私の場合、読み手としての私と、書き手としての私は、別の時間に活動しているし、その行動原理も結びついていないため、自分自身の切り替えが必要となるためだ。

私が記事に何を書くかを考えているのは、もっぱら、電車の中や、仕事の合間にちょっと息抜きをしているときだし、そのネタ(テーマ)は、前夜、考えていることが多い。そう、いまこの記事を書きながら、明日は何をネタにしようか?といくつかの候補を考えているのだ(このところ毎日1枚掲載している写真にしても、次はどれにしようかと既に考えている)。そのために、私の記事はセルフ・トラックバックとでもいうのか、自分の書いた過去の記事にトラックバックを送っていたりするのだ。過去の記事で、読んで貰いたいスケベ根性と自己を評したが、まさしく読んでもらうことを少なからず意識して、どういう話題なら読み手が面白がってくれるかを探りながら書いている。暗くてよく見えないが、きっと誰かが客席から見てくれているだろうと思って、舞台の上で演じている演じ手の気分だ。

一方で、読み手としての私は、会社の昼休み時間などに、新着記事一覧やら、ココログPingサーバやらを取っ掛かりとして、あちこちを読み散らかしている。このときには、何か面白い(刺激的な、興味深い)話はないかなぁ、と純粋に楽しむために行動している。読みながら、「ふむふむ、そうそう」といった程度の感想(同調)はしているが、あくまでも、そのときの心理は、煎餅でもかじりながら舞台を眺めている観客の気分。「よっ、待ってました!」と掛け声を掛けても、自分が舞台に上がって相手役を務めようとは思ってもいない。

もちろん、全ての記事がこうではない。古河社長Blogにトラックバックしている記事などは、社長の書かれたものを読んでインスパイヤーされて書いたものだ。しかし、その場合でも、その場でスグに書き始めることはあまりしない。読み手として楽しんだあと、間をあけて、次のネタを考えているときに改めて、読み返して書いていることが多い。

残念ながら、だからどうだ、ということについては、まだ考えていない。また機会を改めて考えてみたい(これ、明日のネタだったりして・・・)。

で、この記事は珍しくトラックバックを送っておこう。


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2003.12.18

私は何故、blog論もどきを書き続けているのか。

初心者ながら・・・などと言い訳を書きつつ、いままでこのblogでは「blog論もどき」を垂れ流してきた。前にも書いたが、こんなことばかり書くとは自分でも少々意外だった。

では、何故、私は、こんなにもblog自体について書き続けているのかを、たまには内省的に考えてみよう。

一つには、いま私が、もっとも関心を寄せているテーマが、まさに目の前にあるblogだからということ。これは一体何なんだろう?という知的な興味が刺激されているからに違いない。

そうした積極的な意味と対をなして、他に面白いテーマがないというのが第2の理由だろう。凡人たる私は悲しいかな、ずっと追い続けられるようなテーマを持ち合わせていない(実は、無いわけでもないが、それは、もう何年来、Webページとして扱っているテーマで、このblogとは距離を置きたいと思っている)。 

そして、最後に、blogをテーマにしたら、少しは読んで貰えるのではないか、というスケベ根性も少なからずあるだろう。

中年サラリーマンが今日の昼飯に何を食べたかを毎日書き付けたところで、誰も読んでくれないだろう(と言うより、もはや二番煎じもいいところだし、私はそうそう毎日変わったものを食べているわけでもないし)。

「インターネットの片隅で・・・」というタイトルも、「バーカウンターの端っこに座って、寡黙なバーテンダー相手に独り言をつぶやいている」イメージで名づけたと以前にも書いたが、たとえ独り言であっても、ひとは、壁を相手には語り続けられないものだ。

たとえ、聞いてないような振りをしながら、時折、視線をくれるだけでも、そこにバーテンがいると思うから、ひとは、話し続けられるのだ。

だから、これからも、横目でちらちらと回りの反応をうかがいながら、何か思いつくものがあれば、blogについて書き続けるのだろう。

・・・どうも私の書く記事は、自分自身へのリンクばかりだ。孤独な性格の現れだろうか。

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2003.12.16

自己責任時代のblog

確たる裏づけがあるわけではないが、インターネットの普及と時を同じくして、「自己責任」という言葉がクローズアップされる機会が増えてきたように思う。両者に関係があるかの議論は、社会学者か誰かに委ねるとして、ここでは、ともかく同時代のキーワードだとして、話をすすめるとしよう。

いきなり話が変わるが、インターネットのコミュニティとして押しも押される存在となった「2ちゃんねる」は、インターネットがもつ一つの側面、“匿名性”を前面に押し出したシステムであった。有象無象、味噌クソごっちゃのその世界は、正しい情報、まじめな議論もあれば、嘘も便所の落書きのようなイタズラも何でもありで、そこでは、“読み手の自己責任”が問われる場でもあった。

対して、自らの意見、主張を自らが管理するスペースで開示し、他者への意見や反論も自らのスペースに示して、バックトラックで結びつけるというblogは、“書き手の自己責任”が問われる場なのではないだろうか?

・・・とは書いてみたものの、この記事に自己責任を持てと言われても、はてどうしていいのやら。ま、固いことが気にせず、気ままに話を続けることとしよう。

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2003.12.12

日本のblogはやはり日記?

個人向け Weblog サービス、その受容性は?
このニュースをもとに書かれた記事は沢山ありそうなので、本当なら、探し出して読んで、トラックバックを送れればいいんだろうが、探すのが面倒なので、単独で書くことにする。

これまでも、このblogでは、blogの分類分けやら属性分析やらを試みてきたが、上記のニュースでは、読み手の立場からみてどういうblogが受け入れられているかのアンケート結果が紹介されている。

サイトの種類については「仕事・趣味など1つのテーマについてコンテンツを集めたサイト」が最も多く45%、次に多かったのが「個人が近況をつづったサイト」で32%、「ニュースを紹介するサイト」が14%だった。その他「個人で活躍する人が自分の意見などをつづったサイト」と「芸能人や有名人が自分の活動をつづるサイト」が4%。

これを見る限り、「ニュースを紹介するサイト」が意外と低位。所謂、日記系サイトの方がよく読まれていることが判る。やはり、日本でblogといえば日記系サイトが中心となっていくのだろうか?

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2003.12.11

blogはマスターベーションだ。

・・・と、ちょいと扇情的なタイトルで目を引きつけて、と。

blogの形態について、様々なものを列挙してみたり、多少なりとも分析的なことを試みたりしたが、それぞれに多寡の違いはあるものの、すべてのblogに共通なのは、ライター(blogger)たちは、日々blogを書きつけることで、ある種の自己顕示欲が満たされたという“満足感=快感”を得ているということではないだろうか?

blogを書きつづける原動力の何%かは、その快感によるものだと思うし、そういう意味で、blogは、マスターベーションなのだと思う。

さて、今日もマスターベーションに励むとするか。

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2003.12.09

blogの属性分析(私案)

blog様々」という記事で、blogの分類を試みた。我ながら、ありきたりで、場当たり的で、新鮮味も面白味も何もない分類だと思っていたのだが、そんな記事にもトラックバックをしてくださる方がいる。あんなので、本当に初心者(私も初心者だが)の方の参考になったのだろうか?と心配になってきた。

というわけで、もう少し分析的なことを考えてみた。分析となると、やはり座標軸だ! 誰がなんと言っても座標軸だ! (いや、それほど拘ってわけではないが、そうでも強引に言わないと話が進まないので)

では、どういう軸を設定するか?
様々なblogを見て回ると、対極に位置するであろう2つの典型が見えてくる。すなわち、一つは所謂「日記」であり、もう一つは、ニュース記事を引用しつつ自分の意見を述べるblog(こちらの方が本来のblogなのだと思うが)。両者の違いは、テーマがライターに内在するものか、外部からの刺激を受けて生じるものかではないだろうか?

中間的なものには、ニュースや他のblogの記事にインスパイアされてライターの内なるものが現れたものが考えられるだろう。

さて、もう一つの軸をどこに取るか・・・。文章の長さというのも一つの軸になるのではないだろうか?
日記でもニュース系でも、一言コメントで終わっているものもあれば、論文のごとく説を展開しているものもある。両者は一律に論じることはできないだろ。

図示すると、こう言う感じか? 図には、トラックバック関係も矢印線として、描き加えてみた。

blog-fig.jpg

こうした図を描いたところで、どうなるものでもないが、こういう目でココログを眺めてみるのも一興かと思う。

で、このblogは、どの辺に位置づけられるかというと・・・うーーむ。

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2003.12.07

blog様々

ひょんなことからこのblogを立ち上げたのがキッカケとなって、ココログに開設されているものを中心に、あちこちのblogを眺めて回った。色々と見て回ると、ひとくちにblogと言っても様々なものがあることがわかる。まだまだ初心者の私には、十分に分類しきれないが、ざっと見た感じでは、こんなところだろうか。

ニュース系
ニュースサイトの記事を引用して、自分なりの意見を付けたもの
おもしろサイト紹介系
面白いニュースやサイトを紹介しつつ、ひとことコメントを付けたもの
趣味/テーマ系
自分の趣味など明確なテーマに沿って、日々のコメントを書き連ねていくもの
日記系
日記のごとく、今日の出来事を書き連ねていくもの。ごく簡単な記事が多い
無テーマコラム系
そのときどきに思ったこと、感じたことをコラム風に書き連ねたもの
明確に分類できないものもあるだろうし、これらに当てはまらないものもあるだろう。また、他にも、トラックバックの使い方や、文体・文章の雰囲気といった切り口でも分類できるようにも思える。

で、このblogは、とりあえず、無テーマコラム系かな。

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2003.12.06

三日坊主で終わるBlog

さて(いきなり「さて」で文章をはじめるのも妙だが)、「人は何故に、Blogを書きたがるのか・・・」では、Blogを書くというのが人間の本能なのだと、強引に話を結びつけたものの、その一方で多くのBlogがやがて更新が止まり、廃墟となっていく(だろうと予想する)。

勿論、営々と続くBlogもあるだろうし、その役目を終えて、めでたくゴールを迎えるものもあるだろう。
しかし、大半はなんとなく始まり、いつの間にか立ち消えになってしまうのではないだろうか? これは、個人Webサイトでも見られたことだ。

その理由は・・・、悲しいかな私も含めて大多数の書き手が平凡な人間に過ぎないからではないだろうか?

人はみな情報発信をしたいという欲求(本能)をもっている(と、私は仮定した)。でも、発信すべき情報を豊富にもっているひとは少ない。このギャップが個人Webサイトの、そして近い将来はBlogの、廃墟を生み出すのだと思う。

人は何故に、Blogを書きたがるのか・・・」において、人間の情報発信欲求の発露の例として、“飲み屋で管を巻きながら”などと書いたが、思えば、こういう時に語られる話も同じ話の繰り返しが多い。

「ほらほら、また田中さんのXX話が始まったぁ」

というような茶々を、飲み屋で何やら語り始めた上司や同僚に、入れたことは、誰でも1度や2度はあるのではないだろうか。

凡人たる私が書くこのBlogもやがて、ディスクの奥底深くに沈んでいくことだろ。

オープン早々のお祝いムードだというのに、少し嫌なことを書いてしまった。週末の酔いに任せてのこととお許し願いたい。

凡人は死なず、ただ消え去るのみ。

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2003.12.04

blogはWebのエッセンス

10年くらい前だっただろうか、まだ“Internet”という言葉すらさほど一般的でなかったころ、はじめてMosaic(モザイク、ごく初期のブラウザ)を見せられたときには、それまでのネットの使い方、mail(昔はメーラーソフトもなくコマンドベースで使っていた)やら、FTPやら、NetNews(いまや知らない人の方が多いかも)やらのとっつきにくさに比べ、直感的なわかりやすさに驚いたものだ。というより、見せられている画面が世界中に繋がっているということが、理解を超えていた。

そして、あっという間にhttpが、ネットを流れるトラフィックで一番多くなった。

Webがこれだけ普及したのも、直感的なわかり易さに加え、だれもが簡単に情報発信ができること、リンクで世界中のリソースを我が物として取り込んだり、アクセスを誘導したり出来ることにあったのだと思う(そういや、昔はネットサーフィンなんて言葉があったけど、今はあまり聞かなくなったなぁ・・・)。

思えば、Blog(Blogツール)はWebの良い所取りというか、進化形みたいなものだ。

「情報発信」というもっとも人々が望んでいることに特化して、わずらわしいHTMLを覚える必要をなくし、リンクは勿論のことトラックバックによって、他所から自分の方へと読者を誘導できる機能まで盛り込んだ。それがblogなのだろう。

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Blogは次のモードへ

会員数500万人をこえる@niftyがはじめたということもあるだろうし、今は登録キャンペーン中ということもあろうが、

ココログの初日の開設ユーザは1700を越えたそうである。やはり、予想以上にBlogへの関心が高い。
【Blogの初日の感想/古河建純インターネットBlog

というのは凄い勢い。

ISP最大手の一角を占める@niftyがBlogサービスをはじめたことで、Blogも一部のパイオニア達のものから、ブーマー達のものへと、モードが変わりはじめたのかもしれない。
ただ、惜しむらくは、多くのエントリが、まだ「テスト」的なものにとどまっているところ。今後、この1,700を越える(もうサービスが始まって数日を経過したから、3,000位になっているのだろうか)エントリのなかから、幾つ生き残り、さらに幾つが人気エントリになっていくかがBlogブームが本格化するかどうかの鍵。

そして、プロバイタ企業たるニフティにとってみれば、これをいかに収益につなげていくか?が鍵。パソコン通信時代なら1分いくらの通信料課金だったので、ユーザが楽しめる機能を提供していさえすれば、おのずと通信時間が延び増益となった。しかし、いまは固定料金の常時接続。開発投資をしてこのサービスをはじめたからといって、即、収益には結びつかない(多少は、他ISPへの乗り換え防止効果はあるだろうが)。今後、一部有料機能を追加していく等へと進むのだろうが、どうやって投資回収を図るか・・・。それは、私の考えることではない(笑)。

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2003.12.03

人は何故に、Blogを書きたがるのか・・・

@niftyがBlogサービスをはじめたというので、面白がって自分も作ってみることにした。
何事にも飽きっぽい自分がいつまでも続けられるとは、最初から思ってないが、2,3日で途切れたところで誰も困るひとはいない(筈な)ので、気楽に初めてみよう。

最近、こうしたBlogがブームだという。Blogということば自体新しくとも、ネットの世界では、昔から“日記風”サイトは沢山あった。では、どうして、こうも人々は、日記やらBlogとやらの書きたがるのだろう?

理由はいろいろ考えられるけど、私は、つきつめて考えると「人間だから」という理由に行き当たるのではないかと思う。

この地球上に数多いる動物の中で、人間を人間たらしめている特徴は、“言葉”ではないだろうか? いや、イルカやクジラも互いに会話しているかもしれないが、すくなくとも、“言葉”を文字として書き残す手段を有しているのは、今のところ人間だけらしい。そういう意味で、人間が他の動物と一線を画している大きな特徴が言葉だと言えると思う。

そして、人間が人間として進化する過程は、言葉での会話、コミュニケーションの進化の過程だったのではなかろうか? 

もはや、人間は誰かとコミュニケーションをしてなければ生きていけない動物、誰かに自己を発信していなければ生きていけない動物となってしまって、ある時は、飲み屋で管を巻きながら、また、あるときは、大勢の聴衆の前に演説をし、新聞に投書欄があれば投書し、テレビ番組をみては局に電話をして文句を言い、そうして日々生きている。

そうした人間の目の前に、ネットが現れれば(ネット自体がコミュニケーション欲求の産物だが)、人間は“本能”の赴くままにBlogを、日記を、書かずには居られない。 それが、いまのBlogブームなのではないだろうか?

閑話休題。 なんだか、最初から、ワケのわからない固いことを書いてしまったけれど、きっと次回(があるとすれば)は、関係のない話題を、思いつくまま書き連ねることだろう。 そう、それが人間の本能なのだから。

 ※公開時には“Weblog”という用語を使ってましたが、@niftyでは“Blog”の方を使っているので、本記事でも用語を修正しました。

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