成人式なんてやめてしまえ!
一昨年も書いたことだが、ことしも書いておこう。成人式なんて、やめてしまえ!と。
書きたいことは、2年前に書いてしまったので、それをみてもらえればいいかな。
どこかに、「成人式は無駄なので、やめました」という自治体はないものだろうか…。
一昨年も書いたことだが、ことしも書いておこう。成人式なんて、やめてしまえ!と。
書きたいことは、2年前に書いてしまったので、それをみてもらえればいいかな。
どこかに、「成人式は無駄なので、やめました」という自治体はないものだろうか…。
今日、11月12日、横浜イセザキモールやみなとみらい地区では、「横浜音楽空間」というイベントが行われている。 横浜市も後援するれっきとしたイベントだ。
晴れた秋空のもと、ストリートミュージシャンたちが、各所で、自分達の音楽を披露している。 アンプを使わない生ギターと、生の声での演奏が、すがすがしい。
そんな中、とある市民団体が、ハンドマイクを使って演説を始めた。それも、あたり一面に響き渡るような音量で!
まったく周囲の状況を、小指の先ほども考えていない無粋極まりない行為!!
こんな連中が市民活動? 聞いてあきれる。 結局、自分のことしか考えられない連中じゃないのか。 腹立たしい限りだ。
(どうも、すぐに音楽イベント主催者側が、やめてくれるよう要請して、ことなきをえたようだが)
明日、3月14日はホワイト・デー。 いろんなお店で、ホワイト・デー用のプレゼントを販売している。すっかり年中行事として定着したホワイト・デーだが、すくなくとも私が記憶する限りでは、この習慣がはじまったのも、1970年代のことだった。
私の記憶では、バレンタイン・デーのチョコ(や、プレゼント)のお返しをする日というのが、言われ始めたのは、1970年代後半の頃のことのように思う。
当時は、日付も定まっておらず、今のようにバレンタイ・デーの一ヵ月後の3月14日という説(?)もあれば、一週間後の2月21日という説もあった。少なくとも、私がはじめて聞いたのは、一週間後という方だったように思う。今よりずっと早く、お返しをしないといけなかったのだ。
また、お返しのプレゼントも、マシュマロだとかキャンディだとクッキーだとか諸説があって、この日の名前自体も、最初はマシュマロ・デーなんて呼ばれ方をしていたように思う。
その翌年ぐらいには、チョコ(=女性からの意思表示)に対する回答のYes/Noによって、贈り物を変えるという話もあった。すなわち、男の方も相手の女の子が気に入っていれば、マシュマロを、ゴメンナサイだったらキャンディを贈るということだ(実際に、何を贈ることになっていたかは、すっかり忘れたので、今のは例です)。
結局、数年してい、シンプルに一ヵ月後にお返しをするということで落ち着いたみたいです(男の方が、プレゼントを使い分けるなんて、そんなややこしいこと覚えられるわけがない(笑))。
ホワイト・デーの定着は、高度経済成長のガムシャラ、モーレツから、徐々に余裕が出始めた時代に、うまくはまったということなのかもしれません。
携帯電話に見慣れぬメールが飛び込んできた。
---(メール引用)---
件名:※ご確認ください
本文:
現在お客様が放置されている当社の番組が無料期間を超えております。当番組をご利用されない場合、本日中に当社規定の登録抹消手続きを行って下さい。
http://****.jp/care.php?sex=m&num=112
本日中に手続きを行って頂ければ、当社の手続き確認ミスとして、お客様への請求を破棄させて頂きます。
※登録抹消手続手順
手続き用メール送信後⇒電話番号再認証⇒PF確認⇒本登録、退会手続きを行って下さい。
≪注意≫
本日中に手続き確認が取れない場合、不本意ながら放置されていた日数に応じた料金を請求させて頂く場合がございます。ご了承下さい。
---(メール引用)---
(引用者注) URL部分は、お読みになった方が不用意にアクセスせぬよう修正しました。
まったく心当たりがなく、ネットで調べたところ、どうやら新手の詐欺メールの一種らしい。
おそらくは、「電話番号再認証」と称して、電話番号を入力させ個人情報を取得するのが目的でしょう(もちろん、その後で、架空請求の電話をかかってくる等するに違いない)。
それにしても、「金払え」といってくるのではなく、「請求破棄の手続き」と称している点が巧妙。
「心当たりはないけど、とりあえず手続きしておくか」などと、うっかりアクセスして、個人情報を入力してしまう人が居そうです。
皆さんも、くれぐれもご注意を!
◆関連する他blogの記事◆
「今のはやりは・・・退会メール」 by 瞬間湯沸かし器の独り言
本来は昨日、1月4日が仕事始めながら、1日多く休みをもらったので今日(1月5日)が私の初出勤日となりました。
ところが、今日は朝から人身事故で電車のダイヤが大幅に乱れていて電車は大混雑。遅刻はしなかったものの、いつもよりずっと遅くなってしまいました。
そして帰り。早く帰ろうと、いつもは使わない東海道線に乗ったら、先行する列車で人身事故。駅間だったために途中下車することも出来ず、おかげで30分以上電車に閉じ込められていました。
なんとも、ついてない1日となってしまいました。この分じゃ、今年1年思いやられるなぁ・・・
このblogの一番最初の記事を投稿したのが、2003年12月3日。すなわち、いまから丁度1年前のこと。
その時は、なにやら話題になりつつあるblogというものについて、百聞は一見に如かずというか、自らやってみればどんなものか判るだろうというという気持ちではじめた。それから丸一年。三日坊主で終わってもいいし、初期の目的(blogについてのそれなりの経験)が達せられればいいと思いながらやってきて、途中、まったく更新しない時期もあったけれど、気がつけば1年が経っていた。
この1年間で投稿した記事の数は、220本。当初のメタblogみたいなことをしていた頃に比べれば、いまは随分ペースダウンしているが、年間で平均すれば、5日で3本のペース。われながらよく書いたものだ(途中、「みなとみらい線開業ライブレポート」なんて企画もやったしね)。
これからは、とてもそんなペースで記事投稿できないが、ここまで記事が蓄積していることだし、原点に立ち返って、たとえ誰にも読んでもらえなくても、インターネットの片隅で、ひとりつぶやいていよう。
最初に投稿した記事に書いたように「2,3日で途切れたところで誰も困るひとはいない」のだから…。
毎度おなじみ、韓国の新聞サイトから・・・。
正確には、「高所得者ほどたくさん髪の毛が抜け落ち、弁護士や会計士に脱毛症が多い」と香港の新聞が伝えているという伝聞記事。韓国紙・中央日報のオリジナルの記事ではない。
月収、4万5000香港ドル(約66万円)以上の高所得者の95%に脱毛症がある、というが、そういう高所得者って、年配者が多いのでは???
もっとも、66万円×12ヶ月=792万円なので、日本だとそれほど高所得とはいえないですが。
台風で被害を受けた青森産のリンゴを、大手スーパーが販売したという。
「お手ごろ」と買い物かごに 台風被害のリンゴ販売始まる 【asahi.com】
被害を受けたといっても、枝にこすれて傷がついた程度のもの。それが3割引から半額で手に入るという。
農家にとってみれば、以前なら、泣く泣く廃棄せざるを得なかった作物が、たとえ安くなったとはいえ換金でき、
スーパーも、販売する以上はちゃんと利益を乗せているだろうから、売上・収益増になり、
消費者にとっては、おいしいリンゴが安く手に入ることになる。
まさに、三方一両“得”
いや、結局は、安く買い叩いて仕入れし、しかも利益を上げて、おまけに好感度アップにつながるスーパーの一人勝ちか?
なんとも珍妙なるものを見つけた。
眼鏡のつるが箸に変身 ドイツで「寿司眼鏡」誕生 【人民網日文版】
フレームを分解すると、「つる」の部分が箸になるメガネがドイツで開発されたという。しかも、その名前が「寿司眼鏡」。値段は、約180ポンド(約3万5400円)。
伝えているのは、中国の新聞、人民日報の日本語Webサイト。
メガネのつるじゃ、箸にするには短いし、第一、そんな不衛生そうなモノで食事したいとは思わない。もし、つるを拭くウェットティッシュなどがある状況なら、それで手を拭いて、手で寿司をつまんだ方が早い。
まるで、エイプリルフールのジョーク記事みたいな話だけれど、本当なんだろうか?
以前にも韓国紙を元ネタにした記事を書いたが、最近、韓国紙の日本版を眺めるのがプチMyブームになっている。最近の韓流(韓国ブーム)には、あまり関心はないのだが、日本国内でのニュースでは見ることのできない、韓国内の話題や韓国での見方が垣間見えて面白い。
今回のアジア杯で問題となった、中国人サポーターの反日騒動だが、韓国紙にも関連記事がある。それによると、中国人サポーターのマナーの悪さ(もはや、「マナーの悪さ」という言葉で片付けられないレベルかもしれないが)は、日本に向けられたものだけではなく、韓国チームにも向けられていたらしい。
中国フーリガン「日本と韓国は嫌い」
この記事によると、今回のアジア杯において、韓国チームも中国人サポーターからブーイングを受けたらしい。
サッカーでさらに悪化した中日感情
この記事では、もし決勝が中国と韓国の間で行われていたとしたら、もっと暴力的な事態になっていたのではないかとの憂慮が示されている。中国サッカーチームは26年間、韓国に勝てず、両国の間に高句麗史を巡る紛争があるからだそうだ。
<取材日記>あきれる中国の民族主義
この記事によると、5月に行われた五輪予選では、韓国国歌演奏中にブーイングが起きたらしい。
記事はいずれも中央日報から。
最後に、韓国紙の話題からはずれるが、今回の騒動でもっとも「怖い」と感じたのは、この騒動を中国国内の新聞が報じていないという点だ。結局、中国とはそういう国なのだ。
おくればせながら、吉野家で牛鉄鍋膳を食べた。今更説明するまでもないと思うが、中身は早い話が「すき焼き定食」。それでいて、価格は380円。380円のすき焼き定食とはいったい如何なるものか興味があったが、なるほど確かに、380円ですき焼き定食を作るとなると、こんなものかという内容だった。
これなら、多少高くとも“めしや丼”のすき焼き定食の方が、ご飯もお変わり自由で満足感が高い(と、“めしや丼”のWebサイトを見てみたが、季節商品のためか今はメニューに載ってなかった)。
ところで、前回の吉野家関連記事で、今回の牛肉禁輸騒動で、吉野家に紅しょうがを納入している業者も打撃を受けているのではないか?と書いたが、逆に、得した業者があるとすれば、あの鉄鍋を納入した業者ではないだろうか? 鉄鍋は、いままで吉野家には常備してなかった器だから、今回の新メニューに伴い新たに買い入れたものだろう。
吉野家は国内に1,000店ある。その内、半数が牛鉄鍋膳を出しているとすると500店。ああした器を1店舗あたり何枚くらい用意するのか全く見当がつかないが、仮に50枚ずつ用意されているとすれば、全部で25,000枚。鉄鍋といっても大して分厚いものでもないし、中国辺りりで大量生産すれば安く作れそうなので、仮に1枚当り400円とすれば、総額1,000万円。
ふむ、思ったほどの額ではないですね。
韓国の新聞社サイト(日本語版)をみていると、面白い記事にぶつかった。いささか旧聞だが紹介しておこう。
別にエッチな意味のイベントではない。多くの女性が、自分の性器を不潔な部位と感じ、またその形にコンプレックスを持ったりするのを打ち破るための啓発活動とのこと。もともとインターネットサイトとして活動していたが、このたび、オフライン空間を準備したのだという。そこで、気の合う女性同士で、鏡で自分や他人の性器や眺めることで、性器への理解を深める。
男の場合、いやおうなく視界に入ることもあって、幼いころから自分の性器には慣れ親しんでいるし、それどころか、長じては「ビッグ・ジョン」とか名前をつけたり(え?つけない?!^_^; )して、愛着をもって接している。 それに、着替えるときなどに、他人(友人)のものを垣間見たりすることもある(それが、まぁ、勝った・負けたという話にもなったりするが・・・)。
対して女性は、構造的に(鏡を使うなど)意識しなければ見えないし、ましてや他人のものとなると医療関係など職業的な必然などがないと見る機会は限られるのだろう。
女性器は、男にとっても女にとっても神秘的な存在ということか。
昨日、「吉野家で牛カレー丼を食いながら思う」という記事を書いたが、よく考えれば最初はあんなことを書くつもりで書き始めたのではなかった。書いているうちに、話が変わってしまっていたことに、投稿してから気が付いた。
実は、昨日、最初に書こうと思ったのは、牛丼につきものの紅しょうがの話だったのだ。
牛丼を食べるときには、紅しょうがをたっぷり乗せて食べるひとが多いが、いま吉野家で供されているメニューは、豚丼を除くと、あまり紅しょうがを入れようとは思わない。豚丼が出るまでは、一時的に、あの四角い紅しょうがの入れ物が撤去されていたことがあるくらいだ。
とすると、吉野家に紅しょうがを納入していた業者(どこの会社かは知らないが)も、売上げに影響が出ているのではないだろうか? ひょっとすると、しょうがの市場価格にも影響が出ているのかもしれない。いまの世の中、社会の仕組みは複雑に絡み合っている。思わぬことが、思わぬところで影響を及ぼしているのかもしれない。
そんなことを、カレー丼を食いながら考えていた。
先日、吉野家のことをこのblogに書いたら、なんだか吉野家に行ってみたくなって、久しぶりに立寄ってみた。いまは、「牛カレー丼」というのを押しているらしいので、それを頼んでみた。結果、カレー丼はカレー丼でしかないというか、安いのはいいが、次も食べたいと思わせるインパクトには欠けるものだった。
思えば、カレー丼というものは、そば屋・うどん屋の脇メニューみたいなものではないか。丼飯に、カレーうどん(カレーなんばん)のルーをかけたという内容からして、少々安直。ひょっとして出自は、そば屋の賄いだったのかもしれない。メニューのバリエーションを増やすための色物的存在といったら言い過ぎだろうか? いずれにせよ、主役を張るのには、力不足といわざるを得ないだろう。
次は是非とも、近々導入される「牛鉄鍋膳」とやらに期待したい。なんといっても、すき焼きは、カレー丼と違って、長らく牛肉料理界に君臨する主役中の主役なのだから! (もっとも、最近は焼肉やしゃぶしゃぶに押され気味だが)
6月中には、とうとう1本の記事も書きませんでした。6月下旬になって、そのことに気が付き、何か書こうと思っていたのですが、ふと気が付いたら月が変わってました。
写真投稿は、空がスカっとはれる季節まで、お預けです。
というワケで、思いつくことがあれば投稿することにしましょう。そのうち、また、定番化するネタが出てくるかも。
ゴールデンウィークに湯河原にある「西村京太郎記念館」に出かけました。
横浜駅から、東海道線で1時間余りくらいのショートトリップです。往復2時間ちょっとの列車の旅は、西村トラベル・ミステリを読むのにぴったり。東海道線普通列車の車内で読むとすれば、「大垣行345M列車の殺意」あたりがいいかな。もっとも、この作品は夜の話だけれど。
2階建ての記念館は、2階が展示ルーム、1階が喫茶ルームになっています。まず、2階で一渡り展示物をみて(そう広いところではありません)、コーヒーでも飲もうと1階の喫茶ルームに入ってすこし奥の席に座ったら、その更に奥の向かいのテーブルに西村先生が座ってらっしゃいました。あまりにも当たり前のように、そこにいらっしゃるので、かえって戸惑ってしまいました。(苦笑)
館内で販売する本に、次々とサインをしてらっしゃいました。館内で本を買うと、目の前で為書きを添えたサインをしてくださるとのことでしたが、なんだか、ご本人を眼の前にして、あわてて本を買いに行くのも変な感じで、サインは貰いませんでした。いやぁ、まいったまいった。
関連ページ: 十津川警部の事件簿
http://www.h6.dion.ne.jp/~jikenbo/index.html
本日(4月1日)の新聞に、ある意味興味深い記事が載っていた。
首相給与:有識者懇談会が将来の引き上げ提言 【毎日新聞】
首相給与、据え置き…有識者懇が報告書 【読売新聞】
一見すると、正反対のことを言っている。まるで、エイプリルフールの冗談のような話だ。もちろん、同じ日に内容が全く異なる答申がなされる筈もなく、二つの記事は同じ事象を伝えている。ただ、何に重点を置いて見出しとするかの違いで、このように正反対の印象を持つ記事となってしまっているのだ。
「事実」を伝えるということが如何に難しいことか。 新聞一紙だけを見ていたのでは見えないことが見えてくる。
ご無沙汰してます。久々の投稿です。
今から約1ヶ月前、「今日から日記サイトに変わります」と宣言して、日記を書き始めました。その宣言の中でも書いたように、これは言わば私なりの“実験”でした。
実験に際して立てた仮説は、「(私のような中年のおっさんの書いた)日記はつまらない」というものです。そして、その仮説を立証する指標(ものさし)はカウンターの値の伸びを考えていました。
加えて、あくまでも日記らしく、三日坊主を決め込んでもみました。途中で更新を放棄することも、半ば実験に折込済みだったのです。
◆日記自体は削除しました◆
さて、その実験結果は・・・
(1)アクセス数は急には下がらない
日記サイトになると、アクセス数が急落するのかと思いきや日記を書いた3日間は、それまでと目に見えた変化はありませんでした。それどころか、三日坊主で更新を放棄してからもアクセス数は変化しませんでした。
これは、考えてみれば当たり前のこと。以前も書いたように、このblogを訪れるひとの多くが検索エンジンから直接個々の記事を見に来ているのですから、これまでの記事の蓄積があれば記事の更新が止まってもアクセス数は落ちないのです。
更新をとめてから1週間後ぐらいからアクセス数が落ちてきました。この理由はよく判りませんが、アクセス数を稼いでいたであろう「みなとみらい線」の話題が新鮮味が無くなってきたからかもしれません。
(2)予想外の点が面白い
ところで、日記を書くといってもネットで公開している以上、差しさわりのあることは書けません。そこで登場人物の名前はすべて仮名にしてありますし、特定の出来事と結びつけられないよう、色々と抽象化(たとえば2月5日の日記の“方言”という表現など)してあります。
その結果、抽象化したが故に、他人が読んでも詰まらないだろうという案に反して、まったく事情を知らない方がよんでも、それなりに自分の立場に当てはめて読むことが出来てしまうようになってしまいました。これは想定外のことでした。
そして、書いている自分も、何をどう表現(抽象化)するかを知的パズルのように楽しんでしまいました。
反面、そのために書くために思いのほか時間が取られしまいました。これも想定外のことです。
(3)blogからの解放
三日坊主で更新を放棄して、2、3日は、更新しなくなった自分のblogにコメントなどが付いてないかを覗きにきてましたし、カウンタの数字も見ていて、再開するタイミングを図っていたりもしたのですが、暫くすると、ココログに全く寄り付かなくなっていました。
思えば、12月、1月と日々の余暇の時間の大半をblogに費やしていました。それから解放されてみると、随分、楽になりました(笑)。
というワケで、今後は、「気が向いたら何か書く」というスタンスで更新再開します。まぁ、1週間に1回程度の頻度でしょうかね。ひょっとするとそれ以下かも。
では、また。
唐突だが、今日から当面、このblogは「日記」になります!
そもそも、このblogを始めた理由は、実際に体験することで「blogってどんなモノだろう?」ということを知ることにありました。そういう背景もあり、結果として、“blog考”のようなものを多く書き綴ってきました。そして、先日は、blogのジャーナリズム面にスポットを当てて実況レポートも試みています。その結果として、何かが得られたというワケではないのですが、ともかく、あの程度のことなら出来るということはわかりました。
そこで、今度は、敢てblogの日記的側面にスポットを当てて、日記サイトを体験してみたいと思います。
日記なので、他人の読ませることを前提とした書き方はしません。たとえば、「私は、タローという名の犬の飼っているのだが、今日、そのタローが・・・」といった書き方はせず、いきなり「タローが・・・」と書くことになります。なぜなら、自分自身はタローが飼い犬のことだと知っているからです。
しかし、私の節度ある大人なので(笑)、他人の目に触れては困るようなことは書きませんし、場合によっては、多少の脚色を交えることもありえます。あくまでも実験としての日記です。
最後に、日記記事の最後には、事情を説明したこの記事へのリンクを載せることにします。
(一応、日刊ココログ・ガイドに紹介してもらってあまり日が経ってないので、紹介文と様子が違うじゃないかと思われないため等を考えての処理です)
原則的に、1日1記事(未満)、日記だけの投稿としますが、飽きたら他の記事も書くでしょう。あるいは、即、実験を中止にします。
では、また。
笑っていいとも!増刊号を見ていて、おどろいた。
「若くなくなったなぁ、と思うこと」について会場100人の共感を、より多く集める答えを考えるというクイズで、グラビアアイドル・乙葉が「若い子の話す言葉が判らない」と答えた。そして、続けて、「ほら、『おな○ら』とか・・・」。
えっ!? アイドル系の女の子の口から、こんな言葉が出るとは・・・。
タモリから(だったかな?)「意味、判る?」と話を振られた、女優・杉田かおるも、「そんなこと、昼間に言えません」。
私も、てっきり“あの言葉”かと思った。 でも、会場の反応がちょっと違うなぁ、と思っていたら、補足のテロップが出た。
ちなみに、Googleで、「同クラ」を検索すると、372件のヒットがありました。カタカナの方は、658件。ネットの世界では後者の方がメジャーかな?
このblogが、昨日1月28日付けの日刊ココログ・ガイドで紹介された。 こんな雑駁なページを紹介いただき、さぞや、紹介文が書きづらかったことだろうと思います。
それはさておき、やはりココログ・ガイドで紹介いただくと、アクセス数が増えたことだろうと思い、カウンターに付属のアクセス解析のページを覗いてみると、同日のアクセス数は普段の日より3割り増し程度。 先日、某著名blogに記事を取り上げてもらったとき(普段の2~3倍)に比べると、思ったほどは多くない。
そんなものか、と思いつつ、いつもは参照しない1日の内の時間帯別アクセス数を見てみると、なんと午前0時から正午まで、アクセス数がゼロ。どうやら前日1月27日の19時以降、28日の正午ごろまでカウンターが止まっていたらしい。
カウンター・サービスの案内ページにも、とくに障害発生の報告なども掲載されておらず、私のところ固有の(もしくは、小規模な範囲で起きた)トラブルだったらしい。
このカウンターは無料のもので、バナー広告すらついていない(広告付きと広告なしを自由に選べる。大半の人は、広告なしを選んでいるようだ)。なので、「まぁ、仕方ないなぁ」と“一応は”納得した。
ところで、このカウンターが動いているサーバーを維持するには、それなりに費用が掛るはずだ。それでも無料で提供するというのは、たとえ直接的なバナー広告がなくとも、自社の技術力のアピールや知名度向上といった間接的な広告効果を期待してのことだと思う。
でも、本当に広告効果があるのだろうか?
話は少々遡る。
ここのカウンターはココログ内でも沢山のひとがサービスを受けており、そのときに、あちこちのblogで取り上げられたのだが、1月4日に大規模なトラブルが発生した。ハード障害とのことで、いわば不可抗力なので、それ自体は致し方ないと思う。不幸にもバックアップも共に破損し、さらに古いバックアップから復旧したというが、Webページに掲載された、その報告(お詫び)文には、「データがかなり古いもの」や「最近登録された方」といった記述があり、私は、曖昧な表現だとの印象を受けた。
詳しいことが判らないので、なんとも言えないのだが、バックアップなら普通はいつ頃のものか記録が残っているものではないだろうか? それを「かなり古い」とか「最近」といった日付を特定できない表現しかできないことに、システム管理に何か問題があるんじゃないか?と一人密かに感じていた。
その記憶が消えないうちに、今度の障害に遭遇した。 私のとりこし苦労、勝手な誤解である可能性が大なので、これ以上、論を深めることは避けるが、私の心には疑問の念が残ったことだけは確かだ。
ただ、ここまで使ってきたことだし、何と言っても無料でもあるので、カウンターは当面はこのまま使わせてもうらうことにする。もう暫く、様子を見ることとしよう。
仕事絡みてネットをさまよっている内、経団連(日本経済団体連合会)のサイトに迷いこんだ。名前はよく知っている団体だが、サイトは見たことがなかったので、ちょっと寄り道をして、あちこちを覗いてみると、経団連が発行する定期刊行物の巻頭言を集めたページがあった。
巻頭言を執筆しているのは、いずれも日本を代表する企業の経営者の方たち。ちょっと目をひくタイトルのものもある。興味を覚えて、いくつか読んでみた。
例えばトヨタ自動車の張社長の「『育てる文化』と『選ぶ文化』」と題するものでは、ご自身の遭遇されたエピソードから話を広げて、最後は巻頭言らしく提言--それも経営者としての自分に向けての--でまとめられている。
とても印象に残る話で、おそらく、将来、私は、何かの折にこの話題を引用することがあるだろう(たぶん、その頃には、このサイトで読んだことも忘れて、「どこかで読んだ話だが・・・」という風に)。
もちろん、このページに掲載されている文章のすべてが素晴らしい訳ではない。特にどなたのものかは言わないが、凡庸なタイトルで、内容も字数稼ぎのようなまどろっこしさだし、いったい誰に向けたメッセージなんだか判らないなぁ、と感じたものもある。
ひとに読ませる文章を書くのは難しい。できれば、私も張社長の書かれたような、ひとの記憶に残る文章を書きたいものだ。
先日、こちらの記事で、「ネットへの接続は『ネットする』ものだと思っている」という言い回しの意味が判らないと書いたら、コメントで幾つかの解釈の仕方を教えてもらいました。 それでも、「『ネットする』ってあまり聞かない言葉だなぁ」と自分では思っていたのですが、
「パソコンする」というのは、良く耳にするのではないでしょうか。
(中略)
同様な云い方をするものに「インターネットする」と云うのがありますね。【「パソコンする、blogする」 from あそびをせんとやうまれけむ】
というわけで、先日のYES/NOの答は、多分はYESだな、こりゃあ(笑)。
(追記)
そういやぁ、某パソコン教室のテレビCMは「パソコンするならア●バ」って歌ってますね。
テレビを見ていたら、大手持ち帰り弁当チェーン「ほっかほっか亭」の新メニューのCMをやっていた。
新メニューは「焼肉弁当」。去る1月23日に新発売になったらしい。
もちろん、Webサイトには、牛肉には問題がないこと掲載されているし、米国産の牛肉は輸入されていないのだらか、現在、国内で流通している牛肉には何も問題がないのだが、いま、この時期に牛肉メニューを新規投入することに躊躇はなかったのだろうか?
それとも、(ストックされていた)米国産牛肉を使う牛丼屋がむしろ繁盛している様子や、人々が牛肉に飢えてくるのを見計らっての作戦なのだろうか?
いずれにしても、高度な(?)経営的な判断があったんだろうなぁ。
2週間前のカレー丼につづき、今度は、吉野家の新メニュー「いくら鮭丼」を食べてきました。
昨日、テレビ(たしか、TBS系のブロードキャスターだったかな?)で、新メニューは牛丼に比べて、オーダーしてから客の前に品物が出るまでが遅いため、客回転が悪くなるといったレポートをしていました。このことは、前回、カレー丼を食べたときに少し感じたこと(カレー丼の場合、調理時間より客が食べきるのに要する時間の方が重要だと思いますが)にも通じるので、興味本位で、オーダーしてから食事が出てくるまでの時間を、携帯電話のストップウォッチ機能を使って、密かに計測してみました。
結果は、私が「いくら鮭丼」と言ってから、品物が私の目の前に置かれるまでが、「54.9秒」でした。
前の客と入れ替わりで席についたので、オーダーを受けた店員が、空いた丼を下げ、ダスターでカウンターを拭き、オーダーを大声で厨房に通すまでに約4秒かかりました。実質、50秒くらいで出てきたことになります。思ったほどは、時間が掛りませんでした。
テレビの実験では、たしか「いくら鮭丼」だけは1分半近く掛ってましたが、これは、4種類のメニューを同時にオーダーするという意地悪い実験だったため、奥の厨房では、他のメニューを優先させて調理したのでしょう。
肝心の味の方はというと、白飯の上に、鮭フレークといくらを乗せただけのものですから、想像通りの味というか、スーパーで鮭フレークといくらを買ってくれば、自宅でも同じものが出来るといった感じのものです。「いくら鮭丼」というのは、こういうものだと思いつつも、なんだか少し寂しい感じのするメニューです。せめて、ご飯が寿司飯になっているとか、何か特製のタレみたいなのが掛っているとかがないと、インパクトに掛けますね。
トレーに、丼とともにピンクの札が乗ってきていたのは、勘定のときに間違えないようにする印なんでしょうね。
懐かしいPCの話題が出ているようなので、遅ればせながら、一口乗りましょう。
関連記事:
パソコンとの出会い
思い出ぶろぐ(Re:パソコンとの出会い)
ナツカシマイコン
私が、はじめて“CPUモノ”に接したのは、NECのTK-80。これは、ワンボード・マイコンと言われるもので、A4サイズ位のむき出しの基盤に石(IC)が並び、入力用の16進キーボードと、出力用の7セグメントLEDが8つ程付いたものです。でも、これは自分で組み立てたわけでもないし、ホントに“触っただけ”なので話はこれで終わり。
その後、友人に唆されて電気店でPC-8001やらTK-80を筐体にいれたCOMPO-BSなんかを触ったりしていた。
で、私が最初に本格的にいじったのは、シャープのPC-1211。ポケットコンピュータ、略してポケコン。BASICが搭載されたプログラミング電卓でした。大学の理系学部に入学したので、関数電卓は必須でした。
当時はシャープとカシオが電卓戦争を繰り広げていて、シャープのPC-XXXX系と、カシオのfx-XXX系が競っていました。で、どうせ買うなら本格的な(?)プログラミング言語が使える方をと思い、大きさは少々嵩張るものPC-1211にしました。以来、見様見真似でBASICを覚え、実験データの処理プログラムやら、簡単なゲームやらを日々作ってました。
その後、親父が、仕事用にということで、当時出たばかりのPC-8801を購入。仕事用なのでプリンタはもちろん、憧れの(笑)フロッピィードライブ(それも8インチ標準ディスク!)付き。当然、費用はすべて親父持ち。たぶん、合計金額は100万円くらいしたんじゃないかなぁ。
いま8インチディスクの話を若い人にすると、何かのギャグと思うらしく、信じませんね。8インチが標準フロッピー、5インチ(5.25インチ)がミニ・フロッピー、そして現在もかろうじて生き残っている3.5インチは、マイクロ・フロッピーと呼ばれていたんですけどねぇ。
で、私が親父の仕事用のプログラムをBASICで書いたりしてましたが、まぁ、使う時間は私の方が圧倒的に長かったかなと・・・。
もし今もBASICが言語の主流だったら、プログラマになっていたかもしれない(ありえねー)。
「シンプルな画面レイアウト」という記事で、ほんの少しだけ画面デザインについて書いたが、“デザイン”について書かれた面白い記事を見つけた。
本来、機能のないデザインはデザインとは言えない。そもそも、モノのカタチは機能の表れ。その結果が「ビジュアル」にしか過ぎず、機能+美=デザインといってもいい。【「『デザイン』違い」from 濱祐旅館・家主の近況などなど】
“design”という単語を英和辞典で引くと、「計画する」や「設計する」という訳語が出てくる。本来、デザインとはそういう意味なのだ。
普段の仕事では、デザインといってもWebの画面デザインくらいしか関わりがないが、下手なのがWebのデザインをすると、いきなり、チャラチャラとした“絵”を描いてくる。それだけでも個人的には辟易すのだが、我慢そして、その絵のポイントをたずねると「FLASHでバリバリ動きます」とか「JavaScriptでココがピコピコします」とかという話になる。
そんなことを考えるのは後でいい。
まず考えるのは、そのページに乗せるべき情報は何か? それらの情報をどう分類・整理するのか? どの情報がもっとも重要で、次に重要なのは? といったことで、その結果を踏まえて、次に、では、それをどう表現するか? 空間の使い方、色や形の使い方などなどに考えを進めていくべきだと思う。そして、必要ならFLASHでもJavaでも何でも使えばいい。
本当によく出来たWeb画面デザインの提案書は、色、形、文字フォントの指定その他もろもろにちゃんと理由が示されているものだ。
・・・とは、いうものの最後は美的センスも必要で、残念ながら、私にはそれが無いようだ(苦笑)。
年末年始には記事投稿を休止していたし、皆勤賞に拘ることは意味のないことだと判ってはいても、いまだに一日1本以上の投稿に、こころのどこかで拘っています。
しがないサラリーマンの身としては、いつ上司に誘われて飲みに行き午前様にならないとも限りません。いつも記事投稿は夜に行うのですが、家に帰ってから投稿しようと思っていたのに、そんな理由で更新が途切れてしまうかもしれません。
そんなわけで、つい、午前0時を過ぎるのをまって投稿してしまいます。今日の投稿はもう済んだので、明日の日付になるのを待とうというわけです。
「ちとからノート」のmisakoさんは、ココログをはじめて、《おなかすかないっていうか・・・食欲が抑えらてる気がする》そうですし、「ぴっくあっぷ。」さんは、《早寝早起きするようになった》そうですが、私の場合は、そんなわけで、少し寝不足気味です。 直前まで頭をつかってると、中々、寝付けないです。
というわけで、これも午前0時を過ぎての投稿です。さぁ、早く寝よ。
もう、あちらこちらで書かれている通り、郵政公社発行のお年玉付き年賀ハガキの当選番号は今日が発表日。というわけで、自分のところに来たハガキをチェックしてみたけど、やはり、大物は当ってなくて、5等が少々。ま、毎年のことですね。
でも、ここで話は終わりではなくて、次に、自分が送ったハガキの当選確認。そう、私、自分が友人知人に送ったハガキの番号を控えてあるんです。忙しい年は、そのまま出しますが、時間に余裕があるときはたいがい記録しています(ハガキの番号は連番だし、パソコンで住所録に登録されている順に印刷しているので大した手間はかかりません)。
なんのためかって? そりゃ、もう、もし友人が1等にでも当ったらたかってやろうと思って! (笑)
残念ながら、今年もたかれそうにないです。
私が出した中には、4等もなし(連番なんで、1枚見ただけで、4等以上の当選なしは確定)。一応、5等が誰に当ったかを確認して終わり。ま、これも毎年のことですね。
うちにある2台の加湿器は、どちらも水タンクが取り外せるようになっている。最近の石油ストーブなどと同じように、タンク下部のキャップ部分にバネ仕掛けの弁がある構造をしている。この水タンクだが、水を補充しようとして持ち上げると、水が滴り落ちてあたりの床にこぼれてしまう。まず、少しだけ持ち上げて慎重に水に切ってから外してもダメ。とくに新しく買った方は、弁の構造の問題か結構な量の水が床を濡らしてしまう。
そこでふと思った。
石油ストーブの場合は、給油するために重い灯油タンクを運んでこねばならず(あるいは、ストーブの方を運んで)、タンク部がカートリッジ式に取り外せるようになって、随分と作業が楽になったのだが、加湿器の場合は、補充するのは水道水なので、ヤカンか何か水をいれて機械のところまで運んだ方が楽なのではないだろうか? 何もタンク部だけを外して水道のところまで運ぶ必要はない。 加湿器のタンク上部に給水口を設けたほうが、弁付きのキャップなどを用意しなくても済み、製造コストも多少は下がるのではないだろうか?
どうして加湿器の水タンクは取り外しできるのか? 中を洗うのに便利など合理的な理由があるのかもしれないが、「ただなんとなく、そうなっているだけ」という気がしないでもない。
喫茶室「ルノアール」でコーヒーを飲みながら考えた。
自動販売機で缶コーヒーを買えば、110円。 ドトールのようなセルフサービスのコーヒースタンドでは、180円。 ウェイターやウェイトレスがコーヒーを持って来てくれる普通の喫茶店では、350円くらい。 そして、ゆったりとした椅子で、長居をしても嫌な顔されず、お茶までサービスしてくれる喫茶室ルノアールでは490円。
モノの値段とは、そういうものだ。
【喫茶室「ルノアール」にて、携帯電話より】
「ぴっくあっぷ。」さんのところで、「かな・世界の文字変換」という記事が紹介されていますが、なかなかどうして、普段、目にしている漢字も面白いですよ!
もともと、週刊現代に京都大学の阿辻哲次教授が連載されている「漢字道楽」というコラムが好きで、同じく阿辻教授が書かれた「漢字の知恵」(筑摩書房・刊)などを読んでいたのですが、最近買ったのは、「常用字解」(白川静・著、平凡社・刊)。
この本、いわゆる「字典」なんですが、解説されているのは、漢字それぞれの成り立ち(起源)です。
たとえば、“山”や“川”が、そのものの形をかたどった象形文字であることは良く知られてますが、“祭”は何を表しているかご存知ですか? “祭”は、「祭壇に、いけにえの肉を供えている様子」を表現しているそうです。下部の“示”が祭壇で、上部左のやや斜めになった“月”が肉を表し、上部右の“又”は人の手だそうです。そう思って、改めて“祭”に字を眺めてみると、そういう風に見えてきませんか?
(注:“祭”は六書では象形ではなく、会意です)
こんなことを知ったからと言って、日常の生活にはあまり役立たないですけど、ほら、トリビアの泉でも言ってるじゃないですか。「人間は、無用な知識の数が増えることで、快感を感じることのできる唯一の動物である」と!
前回、自治体主催の成人式などやめて「成人の心得」といった冊子でも配布すればどうか、と書いたが、やはり成人の日には、どこかに集まって何かをしたいというのであれば、いっそのこと、地元の神社やお寺にお参りするというのはどうだろう? (教会でも、モスクでも、自分の信じるものがあれば、そこに行けばいい)
説教くさい講演を聴かされるより、神様、仏様、あるいは先祖に成人の誓いでも立てた方がよほど為になるような気がする。
それに、地元の寺社であれば、旧友と出会える機会もあり、いまの成人式の事実上の機能である俄か同窓会の要件も満たせるだろう(これはこれで、本末転倒というか、本来の目的ではないのだが)。
どうです? 全国の神主さん、ご住職さん、「成人の日には、当神社(寺)へ」というキャンペーンでも張ってみては?
初詣に続いて、もう一儲け・・・あ、いや、それは言わないでおこう。
今日は成人の日。呼び名は地方によって異なるだろうが、各地(各自治体)で成人式が開催されることだろう。あるいは、場所によっては、もう11日に行ったところもあるそうだ。
しかし、数あるセレモニー(儀式、式典)のなかで、成人式ほど無意味なものはないのではないだろうか? これは何も、近年、成人式会場で騒ぎを起こすバカ共が報道されるからといったことではなく、昔から思っていたことだ。現に、私が20歳になったのは、遥か昔のことだが、そのとき私は成人式に出席しなかった。
得てして、セレモニーというのは退屈で、意味のないものが多いが、それでも、たとえば、入学式や卒業式は、その日を境に生活環境が変わるという実体がある。
しかし、成人式にはそれがない。選挙権を持つことができ、酒・タバコが許されるのは20歳からだが、それは各人の誕生日を基準として定義されているのであって、成人式には何ら法的な意味はない筈だ。
成人式は、まさに儀式のための儀式みたいなもので、まったく意味のないものだと思う。成人の自覚云々というのであれば、それぞれの20歳の誕生日をもっと重要視すべきだ。いっそのこと、成人式なんかやめて、その予算で「成人の心得」とでもいった冊子をつくって、各人の20歳の誕生日に合わせて送付する方がよほど気が利いていると思う。
冊子には、選挙のこと、年金のこと、税金のこと、法律上の扱いが変わること等々でも記しておけばどうだろう。実際問題、(私も含め)どれだけの大人がこうした問題をキチンを理解しているだろうか? なんとなく社会科の授業で習ってはいるけれど、改めて問われると、あやふやなことも多いのではないだろうか?
冊子を配ったところで、読まない奴も多いだろうが、そういう奴は式典によんで、誰かの講演を聞かせたって、ろくに聴かないような奴だろうから同じことだ。そんな奴でも、少し年齢をへて落ち着いてから、その冊子を見れば、少しは役にたつだろう。一回限りの講演では、どんなにありがたい話を語ってもらったところで、その時点で聞いてなければ意味はない(もっとも、そういう奴らが、その冊子をいつまでもとっておく確率も低いだろうが)。
ところで、最後にこれだけは書いておきたい。
たとえ成人式をやらなくなったとしても、成人の日(=休日)は残しておいてもらいたい。正月ボケのリハビリに丁度いいので(笑)。
というわけで、近所の吉野家でもカレー丼の提供が始まったようなので、早速、食べてきました。
すでに、いろんな方が書いていますが、味は「カレーライス」とは違う、「蕎麦屋のカレー」風の、少し甘めの味付け。まさにカレー丼です。
吉野家といえば、丼の大きさを見て店員が清算するシステムですが、カレー丼にお盆とレンゲがついてくるのは、その辺の識別のためかもしれません(もっとも、丼の内側にカレーが残り、一目瞭然なので、この予想はあまり当ってないと思います)。
私が店にいた時間に、ざっと20人くらいの客が出入りしましたが、カレー丼を頼んだのは、私と、帰る間際に入店したもう一人だけ。食べていると、なんだか回りの視線を感じてプレッシャーを感じました。みなさん、興味はあるものの、まだ、牛丼があるうちは、牛丼を食べておこうということなのでしょう。
牛丼に比べると、ガーーッと書き込むような食べ方がしにくいので、客の回転が悪くなりそうです。また、味の面でも、ここでしか食べられない!というインパクトに欠けるので、吉野家にとっては、このまま牛丼が復活しないと、なかなか厳しい戦いになりそうです。
最後に、もう一度。
ガンバレ、吉野家。 ガンバレ、牛丼チェーン店。
「吉野家カレー丼」試食レポート関連エントリ(順不同)
カレー丼、食べてみました from komatの古往今来
吉野家のカレー丼・続編 from ほげほげぶろぐ
吉野家のカレー丼を食べた from なころぐ
一昨日あわてて買った加湿器は、パワーが大きいので(音も大きいけど…)、リビング用とし、復活した古い過熱式のは寝室用とすることでとりあえず一件落着。
その加湿器を買って帰るとき、お店のひとが取っ手の部分に梱包材を巻いてくれていた。プチプチとかエアーキャップとか呼ばれる例のヤツです(写真参照)。たぶん、予め巻いた形で用意してあったのでしょう。

この取っ手、昔は1個しか付けてくれなかったのが、いつの頃からか、2個付けて